2024.06.26

教育者は今、何をすべきか?キャリア教育の今とこれから

教育者は今、何をすべきか?キャリア教育の今とこれから
ひとつの職業を「一生の仕事」とする時代は、今や昔。
多様な行き方が受容される時代だけに、キャリア教育のついて悩む教育者は少なくないものです。
そこで、若者視点のキャリア研究者・古屋星斗氏と、企業視点の人事管理研究者・江夏幾多郎氏に、
生徒や教員が今「知っておくべきこと」を伺いました。

自由だけれど自由じゃない職業選択

ー今「多様性」という言葉が盛んに言われています。職業教育の現場で、それを意識することはありますか?

古屋:多様性や多様化とは言われますが、実際に生徒が幅広い選択肢から進路を選んでいるかというと、そうではありません。特に「良い学校」と呼ばれる学校に通っている子たちの選択肢は狭まってきているように感じます。学校というヒエラルキーの中で、狭い範囲の中でしか選べなくなっているのです。
江夏:おっしゃる通りで、難関大学の生徒が職人になろうとは、なかなか思わない。社会全体で見たら選択肢がたくさんあって、むしろ増えているぐらいだけれども、生徒たちは選択肢の幅を実感できずに、自分の知っている狭い範囲の中だけで、あるいは一択しか選ぶ道がない中で生きていく、ということが起こっています。
古屋:しかし、高校あるいは大学を出たら就職だよ、と言われていきなり選べないのも、また事実です。職業を考える準備期間や助走期間があるだけでも、状況は違ってくると思います。現在のキャリア選択は、自由に見えて自由じゃないんです。この点で、進路指導はさらに良くしていけると思います。素晴らしい先生たちはたくさんいても、仕組みがないから、先生一人ひとりのスキルや価値観によってしまう……。
江夏:生徒たちが将来選択の十分な準備がないまま、いきなり決断を迫られるのは、たしかに酷です。どのようにして、実際に選択可能な選択肢を示せるのか。この問題について 今一度考える必要があるように思います。  
 「選択可能な選択肢」という変な言い方をしましたが、それは教員の知識や好みに応じて闇雲に選択肢を与えることが、かえって生徒の進路選択を難しくしかねないから。無限にある選択肢をうまく絞り込めるようにアシストすることが必要です。
 ただ選択肢を提示するだけではなく、つまずきも含めて、「経験の積み重ねがキャリアを作っていくのだ」ということ、そしてそれは「どんな職業に就いても同じなんだ」という考え方を、もっと進路指導の現場で伝えられるといいですね。

失敗してもやり直せる

ー「自分で選んだ道で失敗したら…」と悩む生徒もいるかと思います。

古屋:そうした不安な気持ちは、ありますよね。ただ、最初の選択で失敗しても大丈夫になってきているんです。以前、弊社で「入社して3年継続した人」と「3年未満で退職した人」を対象に、その後の働き方を比較するパネル調査を行ったところ、大きな違いはありませんでした。会社や仕事とのミスマッチによって、3年未満で辞めてしまった人でも、きちんとリカバリーできているんです。
 これは「失敗したら終わり」ではなく、「チャンスがまた来る社会」であることを示していると思います。たとえ、最初の職場で「これは違う」と思っても、辞めて次のチャレンジができる。このことは、ぜひ覚えておいてほしいですね。
江夏:たしかに、生徒にとっては「キャリアのその後」の情報があると安心ですよね。自分で選んで進学や就職をしても、偶発的な要因でうまくいかないこともありますし、反対にイヤイヤ行った先で信頼できる同僚や先輩を見つけてうまくいくこともあります。だから、「入り口」と「その後」の問題は別なんですよね。
 大学だったら、途中で違う学部に編入しようとか、社会人だったら別の業種に転職しようとか。そういった「やり直し」が、その人の学びとして評価されるようになると、積極的に動けますよね。
 ケースバイケースではありますが、かつてのように転職の回数がすべてネガティブに受け取られる風潮は変わってきていて、自身の経験を生かしたチャレンジがしやすくなってきているようになっていると思います。
古屋:今、20代後半の58%の人が転職を経験していますし、その後にこそたくさんのキャリアの広がりがあります。最初のキャリアを一生続けていくやり方を選ぶ人は、今や圧倒的に少数派です。
「石の上にも3年」ではなく、むしろいろいろなことを経験したほうが、「スキルのかけ合わせ」によって、自分だけの強みを作っていけます。

ーさまざまな積み重ねがキャリアを形成する「ライフキャリアレインボー」という概念も生まれていますね。

江夏:「スキルのかけ合わせ」と言っても、両方の世界で秀でていなくてはならないのではなく、「少し知っているぐらい」でもいいと思うんです。
 たとえ、自分に合わない職場や職業だったとしても、その世界を知ったことで物事の見方は変わっていますし、次の仕事に就いたときにプラスに働きます。結果的に、満足度の高いキャリアにつながっていくはずです。もちろん、だからといって最初から生徒に「二刀流で行け」とアドバイスするのは悪手だとは思いますけどね。
 まずは、時間をかけて自分の「好きなこと」や「楽しめる分野」を探すことが大事です。他の領域を知っている「ライフキャリアレインボーが偉い」ということでは、決してありません。自分の主領域を深める中で出会う、さまざまな人や機会に敏感になれば、その人なりの組み合わせや答えが、自ずと見えてくるのではないでしょうか。

現場の教員は今何をすべき?

ー教育者は今、キャリア教育をどのように考えればよいのでしょうか?

古屋:教育に携わる先生たちも、生徒と同じようにいきなりキャリア教育に向き合うと、すごく困ると思います。その一因には、先生自身が自分のキャリアについての俯瞰的な理解をなさっていない、という点があるからです。だからこそ、先生も自らのキャリアを振り返って、自身の経験を生徒にフィードバックすることが大事でしょう。社会の先輩として、伝えられることはたくさんあるはずです。
江夏:私もそう思います。また、先生たちが教員以外のキャリア理解を深めることでも、生徒への進路指導のやり方も変わってくるはずです。その点では、民間や行政などさまざまな方面の人から示唆をもらうといった越境学習が、できるようになるといいと思いますね。
 先生たちの役割は、生徒一人ひとりの要望や適性を拾い上げることにありますから、ご自身の振り返りや生徒へのヒアリングも大切ですし、ご自身の知見を広げることも大事です。そうすることで、より客観的で俯瞰的な視点を持てるようになり、生徒への支援も、より的が絞り込まれた生徒にとって吸収しやすい量や質のものになるでしょう。

より良いキャリア教育のために

ー最後に、今後のキャリア教育について、お二人の考えを教えてください。

古屋:自分で自分のキャリアを客観的に見ることは、難易度がすごく高いものです。でも、今は認定キャリアコンサルタントをはじめ、サポートしてくれるさまざまな人や機関があります。生徒も先生も、いろいろな人や機関の力を借りていいんです。助けを借りてキャリアのイメージを豊かにしてほしいと思います。「誰に何を聞いたら……」と尻込みする人もいますが、わからないときの声の上げ方も、キャリア教育の一環として考えるといいでしょう。
江夏:地域に就職した卒業生やOBを招いての講演など、学校がこれまでにやってきた蓄積もありますよね。その眠っている資源をどう活かすかも、検討の余地があると思います。
 やや話が飛躍しますが、学校が地域企業とアライアンスを組んで協業することで、単なるインターンではなく、労働力を融通し合いながらキャリア教育にもつなげていく方法はあると思いますね。学校や生徒と地元企業が密接になれば、その地域で働く人たちが増え、地域のセーフティネット作りにもなりますし、そういう試みが増えていくといいなと思っています。
 また、昔は「キャリアは企業が作る」という認識が強くありましたが、今は企業以外にどんどん拡散していますから、「キャリアはいろいろな主体と関わりながら作られていくんだ」ということに気づくと、可能性はぐんと広がるはずです。
 お二人の見解に共通しているのは、経験やキャリアは「かけ合わせ」で広がって行くということ。そして、失敗を恐れずにチャレンジできる環境があるということ。進路指導とは「人生を決める指導」ではなく、社会の先輩として、キャリアのスタート地点を示すサポートなのかもしれません。

本文はCareerMapLabo Vol.1(2022.10月発行)内の掲載記事です。記載されている内容は掲載当時のものです。

古屋 星斗

古屋 星斗Shoto Furuya

一般社団法人スクール・トゥ・ワーク 代表理事

一橋大学大学院修了後、経済産業省入省。2017年に退官し、現職。労働市場や若者の就業、価値観の変化を検証し、次世代社会のキャリア形成を研究する。「ゆるい職場」論の提唱者。

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