2024.06.27

自分の答えを出すまでの過程が多様性の時代を生き抜く力になる

自分の答えを出すまでの過程が多様性の時代を生き抜く力になる
さまざまな文化を持つ人がともに生きる社会の中で、個人が自分を活かしながら活躍していくにはどのような教育が必要なのか。
京都精華大学元学長、アフリカ出身のサコ教授に日本の課題と可能性を聞いた。

自由は与えられるものではなく、自分で獲得するもの

―大学ではどのようなことに力を入れてきましたか?。  

 「自分はどうありたいのか?」「ありたい自分をどうつくるのか?」これらを学生自身が考えられるような機会をつくってきました。例えば、私の専門は建築ですが、それはあくまでツールにすぎません。そのツールを使って何を解決したいのか、そして、自分が持っている知識や技術をどう使うかが大切なのです。学生たちにはそれを考える機会を提供したいと思い、京都精華大学ではさまざまな専門について横断型に学べるカリキュラムをつくりました。自分が所属する学部で専門を学びながら、他の学問も同時に学べるような仕組みです。その過程で社会課題を発見する力や人とコミュニケーションを取る力がつき、自分の専門性をどう活かすのかを考えるきっかけになるのではないかと思っています。
 また、大学1年生では「自由論」の授業を受けることができます。年度当初に自由について問うアンケートをとると、多くの学生はほしいものを答えます。例えば、「時間がほしい」「バスの本数を増やしてほしい」「授業を休みたい」などです。自由は誰かの手の中にあって、与えてもらうものだと思っているわけです。でも、本当はそうではない。自由は自分で獲得するものなんです。時間がほしかったら、時間をどうつくるかを考えて自分でタイムマネジメントをすれば良い話です。大学生になるといろんなことを自分で選択しなければならないし、失敗したときも誰かのせいではなく自分の責任になる。そのことに、1年間で気づく学生は多いですよ。最後はどの学生もすごくいいレポートを書いてきます。
 義務教育段階であれば知識の伝達もある程度必要だと思いますが、大学は何かを”教える場所“ではありません。私たちは研究者としての視点は持っているけれど、全てを知っているわけではない。学生には視点を与えるわけです。そして、学生はそれを消化して自分のものにしていく必要があります。消化する過程では、誰かとしゃべることや本を読むこと、自分で調べることが大切です。だから、教室の外でもインフォーマルな場でいろんなものとの出会いがあるといい。そう考えて、学長を務めた最後の年に建てたのが新校舎「明窓館」です。ディスカッションルームやフリースペースが多くあります。学生たちが集まって話す話題は、教授の悪口だっていいんですよ。そこからディスカッションが生まれて、自分の気づきや知識に繋がる。

「問い」と「答え」の間には多くの学びがある

―日本の教育に対して、課題に感じることはありますか?

 多くの学生は、周りから期待される自分をつくっているように感じます。日本ではこれまで多くの知識を身につけることや正しい答えを出すことが重視されてきました。その中で、自分自身がどうありたいかを考えたり、自分が思っていることを言葉にしたりする機会が与えられて来なかったのではないかと思います。
 低学年のうちは、自分が思ったことを素直に口にします。私に対しても「なんで黒いん?」と平気で聞いてくる。そう聞かれたときは「テニス焼けやねん」と答えます。そうすると「僕のお父さんもテニスをしてるけど、そんなに黒くない」と言う。そのうちに「どうやらこういう人種もいるようだ」と気づくんですね。重要なのは、答えを教えるのではなくやり取りを大切にしているところです。この過程に、多くの学びがある。
 学年が上がるにつれて、問いを立てることや想像することよりも、早く正解を出すことが重視されてしまう。そのような教育の中では、なりたい自分について考える余白や自分の意見を言う場がありません。その結果、自分と向き合うことが怖くなり「親がこう言ったから」「先生がこう言ったから」などと第三者の言葉を使ったりするのではないでしょうか。問いと答えの間にはたくさんの学びがあります。立ち止まって自分で問いを立てる力と原点に立ち帰れる勇気が必要なのです。

―これからの社会の変化をどう見ていますか?

 感染症の流行は、まさに未来は誰にも予測できないのだと教えてくれました。私が学長を務めた2年間はずっとコロナ禍だったので、誰も答えを持っていない中で多くの決断を迫られました。その過程で、いろんなことに気づかせてもらったと思っています。多くの学校がオンラインの授業に切り替える中、本学ではコロナが流行してから半年後に選択制で対面での授業を再開しました。オンラインで繋がっていたとしても、学生たちは孤独を感じていたからです。たった一人家で悩んでいても何もできないけれど、大学に来たら一人じゃないとわかる。人と関わる中で悩みを共有したり、ともに学び合うことができるんです。そういう意味で、今の社会は自立が求められていると同時に、相互に依存し合っていることも認識する必要があります。
 今後、日本には文化の違う国から多くの人が入ってくるでしょう。つまりそれは、これまでの当たり前が通用しないことを意味します。そこにどう柔軟に対応していくのかが問われているわけです。他人を認めることは大切ですが、流されて同調することとは違います。お互いの文化を認め合いながら、新しい文化をつくっていくことが大切だと思います。
 そう考えていくと、これまでの日本で行われてきた教育は限界にきていることがわかります。近年は不登校の子どもが急激に増えていますが、それは子どもが悪いのではありません。学習者中心の学びになっていないことの表れです。子どもがより良く学ぶことよりも、カリキュラム通りに進めることを大切にしすぎてしまっている。学校にも柔軟性が必要なんです。子どもがいろんなことに挑戦し、失敗しながら成長していく過程を許せることです。それによって、子どもは「自分はどうするのか」を考える力がついていくのです。

主役は子ども。先生は後ろからサポートを

―今、高校や専門学校の先生には何が求められているでしょうか?

 先生が先頭を切って子どもの選択を考えるのではなく、子どもを主役にして後ろから支えてあげてください。本人が何をしたいのか、まずはじっくりと聞くことです。中には偏差値が低いことを理由に子どもが希望する進路を否定することもあるようですが、本当におかしなことだと思います。諦めさせることよりも、どうチャレンジさせるかが大切なはずです。
 また、学校の先生には、子どもたちに自分自身の失敗談をたくさんしてほしいですね。進学や就職に向けたキャリア教育では、子どもたちへの話は成功談に溢れていると感じます。そればかりでは、自信を失ってしまうだけではないでしょうか。「先生でもそんなに失敗してるんだ」そう思ってもらうことで、子どもたちは勇気を出して進んでいけます。
 私は過去にカフェを運営したことがありますが、失敗して事業を閉じました。そんな話をすると、逆に「なんでこうしなかったの?」とアドバイスしてきたりもします(笑)でも、それが自信になるんですね。失敗しないことではなく、失敗から何を学べるかが大切なんです。それを先生の体験談とともに伝えてほしいと思っています。

―グローバル化が進む社会の中で、日本が大切にすべきこととは何でしょうか。

 日本では、場の空気を読んで行動したり、遠回しな表現をしてはっきりと意見を言わない傾向が強いですよね。それを批判的に捉えられることもありますが、グレーゾーンを許せる曖昧さは、今の世界においては大切なのではないかと思っています。
 その一つが宗教です。多くの国は、特定の宗教を嫌ったり受け入れられなかったりすることがあります。日本では、食事のときに「いただきます」「ごちそうさま」と言ったり、他人の家に入るときに「お邪魔します」と言ったりしますよね。その様子を最初に見たときは「宗教めちゃ定着してるやん」と思ったのですが、聞いてみると多くの人は「無宗教です」と言う。私から見たら宗教的な儀式だらけなのに、日本人は宗教としてやっている意識がない。つまり、他の宗教を受け入れる柔軟さがあるということです。
 実は、人との調和を考えることで曖昧さを許せることは、グローバル化が進む社会では強みにもなると思っています。日本は多様性を認め合う共生社会をつくっていく最後のフロンティアなんです。でも、さまざまな文化を持つ人が日本に入ってきたときに、自分の意思がないとそれに流されてしまいます。日本の強みを生かしつつも、個々人が自分の意思や考えで動いていることがやはり重要なのです。教育が担う役割は大きいですよ。

取材・文/建石尚子 撮影/上林千晶
本文はCareerMapLabo Vol.3(2023.4月発行)内の掲載記事です。記載されている内容は掲載当時のものです。

ウスビ・サコ

ウスビ・サコOussouby SACKO

京都精華大学教授

1966年、マリ共和国の首都バマコ生まれ。高校卒業後、中国へ留学。北京語言大学、南京の東南大学を経て、1991年に来日。99年京都大学大学院工学研究科博士課程取修了、2000年博士号取得。京都精華大学人文学部教員、学部長を経て、2018年4月から2022年3月まで京都精華大学学長を務めた。専門分野は「空間人類学」。京都の町家やコミュニティを調査したり、マリの集合居住のライフスタイルを探るなど、社会と建築の関係性をさまざまな角度から研究している。バンバラ語、英語、フランス語、中国語、関西弁を操るマルチリンガル。

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