DX促進が注目を集める今、教育現場はどう取り組む?
今回は識者が語る「教育DXによる現場の変化と未来」について紹介するとともに、「Tokyo P-TECH」の事例を取り上げます。
中村義勝 Yoshikatsu Nakamura
文部科学省 初等中等教育局
学校デジタル化プロジェクトチーム
課長補佐
2011年に文部科学省に入省。高等教育局大学振興課、大臣官房総務課等を経て、2022年4月より現職。学校のデジタル化の総合調整を担当し、GIGAスクール構想を推し進めている。
国を挙げてDXが促進されている今、教育現場に起こっている変化とは?
タブレット端末の整備が完了。当面は活用の「日常化」が目標
2015年12月、株式会社野村総合研究所と英オックスフォード大学の共同研究の結果が発表され、10~20年後には日本の労働人口の約49%が就いている職業は人工知能やロボット等に代替される可能性があるとわかりました。これは決して悲観的な数字ではなく、私たちが人間にしかできない業務に集中できるようになるということです。
また、そういったデータを受けて、政府は日本が目指すべき未来の姿として、最新テクノロジーの活用により社会課題を解決するとともに豊かな社会を実現する「Society5.0」を掲げています。
しかし現状に目を向けると、スイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表した「2022年世界デジタル競争力ランキング」で、日本は昨年より1つ順位を下げ、過去最低の29位という結果でした。ちなみに28位のスペインは、昨年は日本よりも順位が下だったのにも関わらず、3つも順位を上げています。
また、2018年のOECD(経済協力開発機構)の調査(下記参照)から、子どもたちが平日に学校外でインターネットを利用する時間が、他国と比べて少ないこともわかりました。「世界の子どもたちと比べて、日本ではICT機器を学習ではなく遊びに使う傾向にあり、デジタル読解力にも課題があるという指摘もありました。学習におけるICT機器の使用を浸透させ、子供たちがICTを使いこなす力を育むためにも、何らかの取り組みを進めていく必要がありました」(文科省・中村義勝氏)
日本としては現状を打破するため、あらゆる分野でDXを推進しており、教育分野においては、2019年より文部科学省の主導のもと「GIGAスクール構想」が開始されています。これはSociety5.0時代に対応する人材を育成するべく開始された取り組みで、1人に1台ノートPC・タブレットなどのICT端末(1人1台端末)が整備されています。教育現場では1人1台端末を活用した新たな学びが開始されています。
その中で、課題として浮上しているのは、地域や学校による1人1台端末の活用状況の違いです。例えば、本年4月の全国・学力学習状況調査によると、ある県の小学校では週3回以上使用している割合が8割を超えているのに対し、他の県の小学校では3割ほどしか使用されていませんでした。
1人1台端末の活用を通して目指す、一人も取り残すことのない教育
1人1台端末を使った授業を体験した生徒たちからは「授業が楽しくなった」「自分のペースで進められるようになった」といった声が上がっています。先に述べた通り、地域や学校によるICT機器の活用状況に差が生まれている点はいまだ課題と言えますが、教育現場には良い変化が生まれつつあると言えます。
そもそも、文科省が掲げている学習指導要領のコンセプトは「『個別最適な学び』と『協働的な学び』の一体的な充実」。
「文科省としては、個々の資質・能力を育むとともに、誰一人として取り残すことのない教育の実現を目指しています。紙と鉛筆の授業では限界がありましたが、ICTの力を生かすことで、それがより一層可能になると考えています」(中村氏)
では、「誰一人として取り残すことのない教育」とは、具体的にどういう意味なのでしょう。それは「個別最適な学び」「協働的な学び」です。例えば、同じ教室で学んでいたとしても、個人の理解度には差があり、得意な学び方や興味関心も異なります。加えて、意見を言葉にするのが苦手な生徒もいるかもしれません。しかし、1人1台端末を活用すれば、それぞれの学習ペースに合わせた指導が可能になると同時に、テキストベースでの意見交換や発表が簡単にできるようになります。生徒の回答を先生が即座に把握することもできます。その他、不登校の生徒や病気療養中で学校に通えない生徒が、オンラインで授業に参加してもらうことも可能になります。不登校の生徒が学校に行きたいと思うようになった際にもICT機器は有効です。教室に向かうのは心理的ハードルが高いですが、Webカメラなどを通して日頃から教室の様子を確認することができれば、安心して通えるようになるかもしれません。
それらを実現するためには、学校のICT活用への支援が必要です。そのため文科省は、学校のICT活用を支援するGIGAスクール運営支援センターの機能を強化すると発表。先進的な実践例を創出・展開する「リーディングDXスクール事業」も新設します。文科省は「教育DXは三段階を経て実現できるもの」としており、現在は第一段階の「デジタイゼーション」から第二段階への移行を進めています。2024年からは、デジタル教科書を英語から先行導入する予定であり、ICT機器を活用した教育が一層本格化していきます。
ちなみに、人口が1000万人以上の国で1人1台端末を整備している例は少なく、世界から日本の取り組みに注目が集まっています。取り組みに差が見られるもの事実とはいえ、教育のデジタル化は、着実に進んでいるのです。
学校の制度が変わる?ICTの活用により、子どもたちの学びに起こる変化
豊福晋平 Shinpei Toyofuku
国際大学 GLOCOM
主幹研究員・准教授
専門は学校教育心理学、教育工学。教育の情報化の専門家で、多くの自治体などにデジタル対応の施策を助言している。
\有識者に聞く/教育DX
150年以上も続く教育スタイルに、一石を投じる「教育DX」
現代の学校教育制度は19世紀中頃に確立したといわれています。当時のメディア環境といえば印刷物が一般的で、ネットはおろかテレビ・ラジオ・写真・映画などはありませんでした(いずれも普及は20世紀)。学校で得られる知識は当然学校が独占していたので、限られた学習機会(授業時数)の多くは知識・スキルのインプットに費やされることになりました。学年・発達段階ごとに整備されるカリキュラム、時間割や一斉指導など、現在も続く学校の常識のあれこれは、当時の状況をもとにして、教える側の都合が最優先された仕組みといえるのです。
しかし、マスメディア・インターネットあるいは1人1台のパーソナルな情報端末の普及は、学校による学習機会の独占を破壊しました。学校の授業はもはや唯一の学習機会ではなく、カリキュラムに定められた標準的な学習内容は、ネットを始めとしたさまざまな手段で比較的容易に入手できます。このようにメディア環境がリッチになって「学習機会の偏在から遍在へ」の変化が起こり、いまは学ぶ側の都合が優先される仕組みが求められています。これは、新しい学習指導要領にも「個別最適な学び」として記されている通りです。
さて、最近ビジネス界で盛んに登場するDX(デジタル・トランスフォーメーション)は、従来の自動化や効率化の手段としてのICT活用ではなく、もっと大きな構造転換や新たな価値創造を目指すものですが、教育におけるDXでは、ICTの圧倒的な情報効率が教育の枠組み自体を壊すので、例えば、不登校の概念がなくなったり、学校制度自体が発展的に別のものに置き換わったりすることが考えられます。
DXは急に生じるのではなく、規模の小さな変化が徐々に雪だるま式に大きくなる性質を持ちます。フィンランドのプエンテデューラは、こうした教育情報化による構造変革プロセスをSAMR(セイマー)モデルとして説明しました。GIGAスクール構想による1人1台の情報端末整備と学習者の文具的活用によって、ICT利用頻度は飛躍的に増えつつあります。学習方法もまた教員主導から学習者中心へ、個人的知識習得から知識構築・共有へとトレンドが変わりつつあり、いずれは教科の統合やカリキュラム再設計へと影響が及ぶでしょう。その意味で、現在進行中のGIGAスクール構想は、これから起こる大変革の序章にすぎないともいえるのです。
編集/松葉紀子(spiralworks)ライター/西村友香理 撮影/掛川雅也、保田敬介 イラスト/村上広恵(トロッコスタヂオ)
本文はCareerMapLabo Vol.2(2023.1月発行)内の掲載記事です。記載されている内容は掲載当時のものです。
豊福 晋平Shinpei Toyofuku
国際大学 GLOCOM
主幹研究員・准教授
専門は学校教育心理学、教育工学。教育の情報化の専門家で、多くの自治体などにデジタル対応の施策を助言している。
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