2024.06.26

海外の専門職事情 今とこれから

海外の専門職事情 今とこれから
欧州の教育や雇用システムの研究を行っている国際教養大学・山内麻理客員教授に、欧州における専門職教育の現状や日本の課題について話を聞きました。

ボローニャ・プロセスにより標準化が進む欧州の高等教育制度

 欧州の高等教育制度は今世紀に入り、大きく変化しています。その背景に、学生や労働者が国境を超えて学習や、労働がしやすいように、欧州全体で各国の学位や職業資格を標準化するボローニャ・プロセスが進んだことがあります。以前はドイツやフランスでは独自の学位制度がありましたが、現在はバチェラー、マスター、ドクターに統一されました。
 欧州では、政府の就労支援が積極的で、企業間コーディネーションや産業単位での労使協定が機能している国が多く見られます。そのため、職業訓練が発達し体系化されている国が多いのが特徴です。ほとんどの欧州諸国で、中等教育の段階から企業による職業訓練、学校による職業教育が発達し、教育機関のプログラムにおいても、職業教育志向と一般教育志向に区別される傾向があります。
 普通教育を中心とする単線型の制度をとるアメリカや日本とは異なり、ドイツやスイスでは、中等教育の比較的早い段階で、職業訓練か、一般教育を継続して高等教育に進学するか選択する複線型の教育制度となっています。ドイツでは、10歳または12歳で進路を決めなければならないため、親の職業や意向に左右されやすいことが社会課題になることもあります。
 近年、ドイツでは高学歴化が進み、専門大学など高等教育と企業内職業訓練を組み合わせた二元学習プログラムと呼ばれるハイブリッドな職業訓練が登場しています。3〜4年で職業資格と学位を同時に取得できることから、特に成績優秀者の間で人気を博しています。

日本とは異なる職業訓練制度。実施訓練を受けながら資格を取得

 ドイツ語圏の国では、デュアルシステムと呼ばれる企業内OJTと公立の職業学校における座学を組み合わせた職業訓練制度が発達しており、労働組合、商工会議所、職業学校などのソーシャルパートナーが中心的な役割を果たして運営しています。職業訓練の内容は業界内で標準化され、訓練を受けて職業資格を取得すれば、同じ業界や同じ職種内での就労に有利になります。
 フランスは、国家主導で職業教育や職業資格の設定が強化されてきたことから、企業を主体とするのではなく、フルタイムの学校教育をベースに職業訓練が行われてきました。学校教育制度の中に学位や職業に関連する資格が組み込まれており、教育機関で行われる職業教育だけでなく、企業で行われる職業訓練もフランス政府が制定する同一の基準にそって設計されていて、共通の資格が取得できるようになっています。
 職業訓練において企業の関与が強いドイツ語圏では、若者の失業率が低く、産業競争力が高くなっています。個別企業の枠を超えた訓練カリキュラムの策定など、何らかの企業間コーディネートによる仕組みづくりは、注目されるべきことです。

日本の専門職教育の課題。ジョブ型雇用により専門性重視に変わるのか

 日本では、就職してからその会社の研修を受けて技術を身に着けていきます。その場合、入社した会社の手法を学ぶことになるため、取得した技能が同じ業界であっても他の企業で役立つとは限りません。ドイツの場合は、産業や職種単位での結びつきが強く、労使協定も産業単位で結ばれますし、職業訓練のカリキュラムも共通です。そのため、職業訓練を受ければ業界内のどの企業でも通用しやすく、人材流動性が高いという特徴があります。
 日本の新卒一括採用の場合、選考時に大学名は重視されても、専攻や大学での研究などは大きく影響しないことがほとんどです。大手企業の場合は、優秀な大学から学生を採用して研修を受けさせ配属を決めるので、大学の専攻と業務内容が一致するわけではありません。大学卒業直後からジョブ型雇用となる欧州とは大きく異なります。その点、専門学校のほうが、専門技術を身に着けてそれを活かした就職をするようです。
 教育システムと採用は大きく関係しているため、急激な変化は難しいでしょう。まずは企業が通年採用、分野別採用、グローバル採用など採用方法を拡大していけば、学生の就職活動や専門性の取得のモチベーションにも影響してくると考えられます。そして、企業の枠を超えて業界共通の技能が獲得できる制度が普及していけば、訓練の質や技能の透明性が高まり、業界内での人材流動が活発になります。同業界の企業で協力して外部の専門家を呼んだ継続教育を行うといった活動も有効でしょう。


海外の職業教育制度

国によって義務教育、初等・中等教育の仕組みなどは異なります。教育制度をみると、その国の人材育成方針が見えてきます。
グローバル化する社会において、各国の違いをおさえておきましょう。

フランスの制度 :2020年度より義務教育期間が延長

 3〜16歳までが義務教育となっており、2020年度よりさらに16-18歳は教育・訓練などに従事することが義務付けられました。 5年間の初等教育後、前期中等教育は4年制のコレージュで行われ、観察・進路指導の結果、後期中等教育のリセは、普通リセ、技術リセ、職業リセの3分類に分かれます。取得できるバカロレア(大学入学資格)も教育課程に応じて3種類に分かれます。普通バカロレアは長期高等教育課程、技術バカロレアは短期高等教育課程、職業バカロレアは高等教育への進学も視野に入れつつ、就職を目的として作られた国家資格です。高等教育は国立大学、私立大学(学位授与権はない)、エリート教育を行うグランゼコールがあります。

アメリカの制度:義務教育の規定は州によって異なる

 初等・中等教育は義務教育です。義務教育に関する規定は州によって異なり、年限は9〜12年です。初等・中等教育は合計12年ですが、州によって6-3-3年制、8-4年制、6-6年制など異なっており、現在は5-3-4年制が多くなっています。高等教育機関は、総合大学、リベラルアーツカレッジなどの4年制大学、コミュニティ・カレッジ、テクニカルカレッジなどの2年制大学に大別されます。総合大学は、文理学部、大学院、及び専門職大学院により構成されています。専門職大学院は、医学、法学、工学などの職業専門職教育のためのもので、大学とは独立して存在する場合もあります。

韓国の制度 :後期中等教育から普通高校と職業高校に分かれる

 韓国の教育制度は日本と似ています。義務教育は6-15歳の9年間、うち初等教育は6年、前期中等教育は3年となっています。後期中等教育は、3年間の普通高等学校と職業高等学校に分かれます。普通高等学校は普通教育を中心とする教育課程であり、職業高等学校が職業教育を目的に農業高等学校、工業高等学校、商業高等学校、水産・海洋高等学校などがあります。高等教育は、4年制大学、4年制教育大学、2年制・3年制の専門大学があります。さらに成人や在職者のための成人教育機関として、放送・通信大学、産業大学、技術大学などが用意されています。

ドイツの制度:近年は二元学習プログラムが人気

 アメリカ同様、州による違いが大きい国ですが、伝統的には4年間の初等教育ののち、生徒の能力・適正に応じて、10歳または12歳で大学進学を目指すギムナジウム、上級専門学校への進学または中級の職を目指す実科学校(レアルシューレ)、職業訓練を受ける基幹学校(ハウプトシューレ)に分かれており、特に、優良企業が多い南西部の州ではこの分岐が継続しています(近年、旧東ドイツの州を中心に、これらを統合した多課程学校や総合学校で学ぶ生徒も増えています)。修了期間も州により異なりますが、基幹学校は5年、実科学校は6年、ギムナジウムは9年程度です。高等教育に進学する場合は、一般大学入学資格であるアビトゥアを取得します。高等教育機関は、自然科学、社会科学、人文科学など幅広い分野の教育が提供される総合大学と工学や経済、福祉など実務に関連する学問が提供される専門大学があります。近年は、専門大学と企業内職業訓練を組み合わせた二元学習プログラムが人気になっています。

本文はCareerMapLabo Vol.1(2022.10月発行)内の掲載記事です。記載されている内容は掲載当時のものです。

山内 麻理

山内 麻理Mari Yamauchi

国際経営学者

専門は雇用制度や教育訓練制度の国際比較、制度的補完性。カリフォルニア大学バークレー校 東アジア研究所、フランス国立労働経済社会研究所(LEST-CNRS)、ドイツ日本研究所で客員研究員、同志社大学 技術企業国際競争力研究センター、国際教養大学で客員教授(現任)。『雇用システムの多様化と国際的収斂:グローバル化への変容プロセス』(2013)が、労働関係図書優秀賞、日本労務学会学術賞を受賞、『欧州の雇用・教育制度と若者のキャリア形成:国境を越えた人材流動化と国際化への指針』(2019)が大学教育学会選書(JACUEセレクション)入賞。日本労務学会・学術賞審査委員、国際ビジネス研究学会・学会賞委員会委員、中央職業能力開発協会 参与、厚生労働省グッドキャリア企業プロジェクト2022推進委員などを歴任。博士(商学)。

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