進むデジタル化。教育現場はどう対応すべきなのか
東京大学未来ビジョン研究センター客員教授などを務める西山圭太氏の意見をもとに、デジタル教育における教職員のあり方を考えます。
「GIGAスクール構想」とは?
文部科学省が2019年にスタートした取り組みで、全小中学生に1人1台のデジタル端末を配備し、校内の高速通信環境を整備するという構想のこと。「GIGA」は「Global and Innovation Gateway for All(全ての児童・生徒のための世界につながる革新的な扉)」を意味している。この構想のもと、上記グラフのように端末整備はほぼ完了し、利活用のフェーズに入ったとしている。
教員用コンピュータ台数と児童生徒数
文部科学省が全国の公立学校(小学校、中学校、義務教育学校、高等学校、中等教育学校及び特別支援学校)に行っている調査によると、2020年以降コンピュータの配布が急増。現在ではほぼ生徒1人に1台のコンピュータが普及している。
教えるべきはデジタルを「使うための」知識
文部科学省が2019年より進めている、デジタル化に向けた教育改革「GIGAスクール構想」、そしてコロナ禍によるリモート授業の拡大などを受け、教育現場で急速なデジタル化が進んでいます。
全国の公立学校では、2020年春からの1年間で教育用コンピュータの配布が一気に拡大され、コンピュータ1台当たりの児童生徒数は4・9名から1・4名に。つまり生徒5人につき1台だったものが、ほぼ1人1台にまでいきわたるようになり、ICT(情報通信技術)環境の整備が急速に進みました。
一方で、教育現場からは一部、戸惑いの声が上がっています。「デジタルについての知識に不安があるが、どのように勉強すればいいのだろうか」「デジタルについて生徒にどのように教えればいいのか、教え方がわからない」などといった不安や、「デジタルリテラシーを磨かなければ取り残されてしまう」という危機感を覚える人もいるようです。
このような現場の声に対し、デジタル教育に詳しい東京大学未来ビジョン研究センター客員教授の西山圭太氏は「過剰に危機感を抱く必要はない」と言います。
「デジタル化に対応しなければ…と書店に駆け込んで専門書を買おうとする人がいますが、そんな必要はありません。教職員が磨くべきなのはデジタルの専門知識ではなく『デジタルを使うための』知識。生徒が将来社会に出たときに、働く現場でどのようにデジタルを活用すればいいのかを伝えるのが、先生方の役割だと考えています」
今の小~高校生は、生まれたときから身のまわりにITが溢れているデジタルネイティブ世代。デジタルそのものの知識では、教職員よりも生徒たちのほうが勝っています。
したがって、生徒が将来ビジネスパーソンになったときに、これらのデジタルに関する知識をどのように組み合わせて課題解決に臨めばいいのか、その考え方を指し示すことが教育現場の使命ではないか…と西山氏は語ります。
「もはやデジタルリテラシーは”教える“ものではありません。生徒のほうが詳しいだけでなく、デジタルに関する学びの場はネット上にたくさんあり、わざわざ先生が教えなくてもいい状態にあります。ただ、生徒がデジタルを使った課題の解き方に迷ったり、困ったりしたときに『このような方法もあるよ』とアドバイスし、励ますのは学校の先生しかできないこと。デジタル領域における教職員の役割は、将来的にこの『使い方のアドバイス』と『励まし』に集約されるのではないかと考えています」
まずは自分でデジタルを使い体験を増やしてみる
では、「使い方」をどうアドバイスすればいいのか。西山氏は、「自らどんどんデジタルを活用してみる」ことを勧めています。
「皆さんすでにAmazonや楽天などのECモールを利用されていると思いますが、そのような機会を意識して活用し、デジタル体験を増やしていくのは一つの方法。最近では、自分でネットビジネスが始められるサービスも増えているので、副業ができるならば実際にデジタルを使ってビジネスを実体験してみるのも有効です。副業が難しければ、デジタルでビジネスをしている周囲の人に話を聞くのもいいでしょう」
なお、専門知識を習得する必要はないが、土台となる一定水準のデジタルリテラシーを身につけることは必要とのこと。デジタルリテラシーとは、デジタル技術にアクセスし、目的のために活用する能力を指します。
「例えば、私が協議委員を務めるデジタルリテラシー協議会では、現代におけるビジネスパーソンのデジタルリテラシー『Di│Lite(ディーライト)』の整備を進めています。近い将来、全ての人が広く浅くデジタルリテラシーを身につけられる仕組みを作り上げようとしています。デジタルリテラシー協議会には、データサイエンティスト協会、日本ディープラーニング協会、情報処理推進機構(IPA)の3団体に参加いただいていますが、各団体のサイトや、実施している検定試験の問題を眺めていただくだけでも、デジタルに関する気づきと知識が得られると思います」
教職員がデジタルを積極活用する事例も増加
実際、一部の教育現場では、教職員が「デジタルを学ぶ」から脱却し、「積極的に使うことでデジタルを知る」方向に転換し始めています。
ある高校では、Googleの教育機関向けサービス「Google Classroom」を導入。課題の作成や生徒への配布、課題の進捗確認、採点などのコミュニケーションを全てWeb上で行っています。教育現場のペーパーレス化や効率化を進めつつ、教職員と生徒のデジタルコミュニケーションの活性化、デジタル活用に関するノウハウ向上などにつなげています。
教職員同士のやり取りを、ビジネスチャットツールの「Slack」にすべて切り替えた高校もあります。メールよりも気軽に情報共有や業務連絡が行えるようになり、現場での意見交換が活発化したほか、教職員のデジタルに対する苦手意識を取り払う効果もあったようです。
教育現場にデジタルが普及したことで、校外の有識者やOB・OGと簡単につながれるようになったことをメリットに挙げる学校もあります。
ある高校では、全国の大学などと連携し、生徒一人ひとりの進路に合わせてOB・OGのメンターを配置。定期的にZOOMなどのWeb会議システムを使ってコミュニケーションを取り、勉強や課題に関するアドバイスを受けています。県外の大学に進学したOB・OGとも簡単につながれるようになり、さまざまなアドバイスを得ることで視野が広がったという生徒も増えているようです。
デジタルは各教科をつなぐ横串の存在だと理解しよう
日本の教育現場では、国語や数学など教科ごとに担当の先生がつき、教科ごとの知識を深め専門性を高める教育を行ってきました。いわば、日本の教育は教科ごとの「縦割りのアプローチ」でしたが、デジタルは縦割りで知識を深めるのもではなく、「横串のアプローチ」であると認識することが重要、と西山氏は話します。
「従来の発想で捉えると、『一からデジタルを覚え、知識を深めなければ』という発想になってしまいますが、デジタルはあらゆる教科に関わる横串の存在です。例えばZOOMは、ある一定の業界や企業で使われているものではなく、あらゆる業界・企業が同じように活用しています。このように、デジタルはこれまでの教科とは全く異なる存在であると理解できれば、教えなければという姿勢から『使い方を理解し、アドバイスする、そして励ます』という姿勢に転換できるのではないでしょうか」
「Di-Lite」とは?
「Di-Lite」とは、産業界のビジネスパーソンが学ぶべきデジタルリテラシー領域を指し示したもの。Di-Liteを学ぶための推奨試験として、「ITパスポート試験」「G検定」「データサイエンティスト検定 リテラシーレベル」の3つの検定を設定している。
編集・ライター/伊藤理子 撮影/刑部友康 イラスト/村上広恵(トロッコスタヂオ)
本文はCareerMapLabo Vol.1(2022.10月発行)内の掲載記事です。記載されている内容は掲載当時のものです。
西山 圭太Keta Nishiyama
東京大学未来ビジョン研究センター 客員教授
通商産業省(現・経済産業省)入省後、産業革新機構専務執行役員、経済産業省大臣官房審議官(経済産業政策局担当)、東京電力ホールディングス株式会社取締役・執行役、経済産業省商務情報政策局長などを歴任し2020年7月に退官。著書に『DXの思考法 日本経済復活への最強戦略』(文藝春秋)。
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