職業教育先進国デンマークに学ぶ職業観醸成のポイント

具体的な職業教育の内容や働き方、キャリア観などについて、そして日本が学ぶべき点について、デンマークの社会政策に詳しい立教大学の菅沼隆教授に伺いました。
政府と労働組合、企業が三位一体で取り組む職業教育
デンマークは職業教育が盛んな国として知られています。国を挙げて全国民の職業教育に取り組んでおり、義務教育を終えた後の後期中等教育段階から、座学(学校教育)と現場実習を組み合わせる「デュアルシステム」が採用されています。
特徴的なのは、政府と労働組合、経営者団体が三位一体で職業教育に取り組んでいる点。この3者において中央職業訓練員会が構成され、精密な職業訓練プログラムが作られています。このプログラムは毎年現場の声を反映して更新されており、常に新しい内容にブラッシュアップされています。
デンマークでは多くの学生が義務教育を終えた15歳の段階で、普通高校に進むか職業教育訓練高校に進むか、選択を迫られることになります。後者を選んだ場合、職業ごとに細分化された100以上の豊富なコースが用意されていて、修了すると専門職として認定され、一人前の報酬が約束されます。
コースを選択することは易しくありません。ただ、多くの生徒は「深刻に考えすぎるのは意味がないこと」と捉えています。なぜなら、たとえ選択に失敗しても、いくらでもやり直しがきくことがわかっているからです。職業教育プログラムは学生はもちろん、すでに社会で働いているビジネスパーソンにも用意されており、新しい知識や技能を習得したいと思えば、いつでも学び直すことができます。
それを支える社会保障制度も整備されています。教育費・医療費無償、賃金の9割を最長2年間保障する失業保険など、生活水準の低下を心配することなく新しいキャリアにどんどんチャレンジすることが可能です。
資格が会社を超えて評価されるため、労働市場の流動性は非常に高く、誰もが自分のスキルを活かせてかつ労働条件のいいところにどんどん転職していきます。企業側も必要な技能を持った人材を効率的に採用できることから、無駄を省いた筋肉質の経営を行う優良企業が多いのも特徴的です。
日本でも政策としてキャリア教育が進められていますが、所管が文部科学省、厚生労働省、経済産業省に分散し、司令塔が確立していません。社会保障面も、キャリア教育受講時の生活保障が不十分で、転職のリスクも大きくなっています。
ただ「日本ではデンマークのような職業教育は不可能」と思考停止しては何も変わりません。全く同じことはできなくても、施策の一部を取り入れたり、理念を参考にしたりはできるはずです。
手厚い職業教育プログラムを作ることも、前向きに検討すべきでしょう。デンマークでは労働組合と経営者団体が職業教育プログラムに参加して職業教育に責任を持って取り組んでおり、現場で実践的に仕事を教えながら技術習得をサポートしています。日本企業もこのように「企業外」で技能を形成する仕組みを、労使協同で作ることが必要だと考えます。

「キャリアはやり直せる」ことを生徒に伝えてほしい
現在、日本では学校の教職員が職業教育を担っていますが、世界的に見ても特異です。本来、職業教育は企業や労働者が参画して行うものです。経済社会の変化に即応できる職業教育体制を早急に作るべきだと思います。実際デンマークでは、大学・研究所の研究者や企業の技術者、熟練労働者などが講師を務めています。
教職員の皆さんにはぜひ、「若いときの選択は絶対ではなく、自分に合わないと思ったらやり直せる」ことを生徒に伝えてほしいですね。デンマークのように、学んだ内容に違和感を覚えたら他に切り替えればいいし、就職後も自分に合わないと思ったら別のキャリアを選択すればいいのです。
中学生・高校生には多様な可能性があります。先生には、その可能性を狭めるのではなく、逆に広げていくような指導をしていただきたいですね。生徒の皆さんは、デンマークの若者のように、成功と失敗を繰り返しながら自ら主体的にキャリアを切り開いてほしいと願っています。

【採用のプロに聞く】

ルーセントドアーズ株式会社
代表取締役 黒田真行氏
「手に職系」職種の魅力を伝えて学生の視野を広げてほしい
少子高齢化に伴う労働力人口の減少により、特に「手に職」系職種の需給ひっ迫が目立っています。2024年12月の有効求人倍率(パート除く)は1.32倍でしたが、「建設躯体工事従事者」は9.55倍、「建築・土木・測量技術者」は7.38倍、「土木作業従事者」は7.73倍、そのほか機械整備や介護サービス、自動車運転などでも高倍率となっています。
背景には、専門職を目指す学生の減少があると考えられます。なんとなく進学・就職した「ホワイトカラー予備軍」ばかりがだぶついている現状は、日本の大きな課題です。
土木建築系の専門職や、医療福祉などのエッセンシャルワーカーはますますの需給ひっ迫が予想されますが、そんな世界に若手が飛び込めば大いに歓迎されるでしょう。
現場の先生方には、「手に職系」の仕事の魅力を学生たちに伝えてほしいですね。より強く求められている分野に飛び込めば、やりがいや使命感を覚えながらモチベーション高く働けるはずであり、将来の選択肢の一つとしてぜひ検討してほしいと思っています。
編集・ライター/伊藤理子 撮影/刑部友康
本文はCareerMapLabo Vol.6(2025.3月発行)内の掲載記事です。記載されている内容は掲載当時のものです。

菅沼 隆Takashi Suganuma
立教大学 経済学部教授
1990年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了、同年東京大学社会科学研究所助手。1993年信州大学経済学部助教授、1997年立教大学経済学部助教授を経て、2005年より現職。2003年度および2011年度デンマーク・ロスキレ大学社会科学学部客員研究員。

黒田 真行Kuroda Masayuki
ルーセントドアーズ株式会社
代表取締役
1965年兵庫県生まれ、関西大学法学部卒業。
1988年、リクルート入社。以降、30年以上転職サービスの企画・開発の業務に関わり、「リクナビNEXT」編集長、「リクルートエージェント」ネットマーケティング企画部長、「リクルートメディカルキャリア」取締役などを歴任。
2014年、リクルートを退職し、ルーセントドアーズを設立。
【著書】
『40歳からの「転職格差」 まだ間に合う人、もう手遅れな人』 (PHPビジネス新書)

伊藤 理子Riko Ito
フリーエディター・ライター
経済専門紙記者、日経ホーム出版社(現・日経BP)編集、金融情報記者、リクルート「週刊B-ing」「リクナビNEXT」編集などを経て、フリーに。Webサイトや情報誌、書籍などで仕事、キャリア、ビジネス、教育分野などのテーマを中心に取材・執筆活動を行う。
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