2024.08.29

衣装デザインと制作で参加『ONE PIECE』×人形浄瑠璃

衣装デザインと制作で参加『ONE PIECE』×人形浄瑠璃

[概要]

ONE PIECE熊本復興プロジェクト、人気漫画×人形浄瑠璃の新作が誕生。衣装制作に熊本デザイン専門学校が貢献。

[ビジョン]

県立劇場と専門学校が連携協定を結び、熊本の芸術文化伝承と地域人材の育成・輩出を目指す。

<地方創生の仕掛け人たち>

松本 雪 Yuki Matsumoto

熊本デザイン専門学校 教務部 ファッションデザイン科主任。前職はアパレル生産企業で縫製やパターンを担当。パリコレブランドの生産に携わるなど幅広い実績をもつ。

前川 史 Fumi Maekawa

公益財団法人 熊本県立劇場 事業グループ主任。一貫して文化事業に従事。2020年にはアマビエを題材とした清和文楽新作のプロデュース事業も担当した。

伝統芸能と学生のコラボ!学生がプロと協働し世界の「ルフィ」の衣装をつくる

 2022年11月5日・6日、第64回熊本県芸術文化祭のスペシャルステージにおいて、人気漫画「ONE PIECE」×「清和文楽」(熊本県重要無形文化財)による異色の人形浄瑠璃が上演された。主人公・ルフィの衣装制作およびキャラクター(ヒルルク、くれは)の衣装デザインを担当したのは、熊本デザイン専門学校ファッションデザイン科の学生。公演を主催する熊本県立劇場が同校と連携協定を締結しており、協力実績があったことが今回につながった。  
 いきさつについて、熊本県立劇場の前川さんは語る。「舞台デザインの依頼をさせていただくなど、熊本デザイン専門学校さんには連携協定を結ぶ前からお世話になっています。2年前、県立劇場と清和文楽館でアマビエを主題とした人形浄瑠璃作品を作った際にも衣装制作をお願いしました。素晴らしい出来栄えだったので『今回もぜひ』とお声掛けさせていただいたのです」。世界的な人気を博す「ONE PIECE」とのコラボレーション、当初は衣装制作もプロに依頼した方が良いのでは、との見解もあった。しかし、九州には人形浄瑠璃衣装の作り手が存在しない。さらに、新しい取り組みだからこそ学生の柔軟な発想や感性に期待したい、との思いが前川さんにはあった。「学生さんたちは、どんなアイデアを出してくれるだろう?と考えるとワクワクしましたし、熊本の伝統芸能を、熊本の若い人達がプロと一緒に創りあげることにも意味があると感じました。とてもハードルの高い案件だったと思いますが、快く引き受けていただき感謝しています」

はじめて知る地元の伝統芸能デザイン学校の学生が挑む前代未聞の衣装制作

 江戸時代末期から熊本県山都町に伝わる清和文楽(人形浄瑠璃)は、農耕を生業とする地元の人々が夜な夜な練習を重ね、つなげてきた伝統芸能。保存会メンバーの平均年齢は70歳を超え、後継者不足への危機感から新たなファン獲得へ向けた演目づくりを模索してきた。今回、熊本地震からの復興を目的とした「ONE PIECE熊本復興プロジェクト」の一環として、熊本県や県立劇場のバックアップを得て企画が実現。「ONE PIECE」の主要メンバーが人形となり、地元市民や演劇人と共演するかつてない人形浄瑠璃の舞台が完成した。  
 マンガキャラクターと人形浄瑠璃衣装の融合に挑んだ熊本デザイン専門学校の松本先生は、人形衣装の制作過程をこう振り返る。「まずは全員で清和文楽館に行き、人形浄瑠璃とは何かを知ることからスタート。その後キャラクター(ヒルルク・くれは)の衣装デザインを決めるため、学内コンペを開催しました。人形の衣装づくりは私も未知の領域、教えるというよりは”一緒に作っていこう“という姿勢で臨みました」    
 人形の全長は約130センチ。胴(どう)は板で構成され、手と足は肩板から紐で繋がれている。一般的な人形とは構造が異なるため、借りた衣装を徹底的に研究。生地はデザイン画をもとに古着物屋で調達したが、舞台衣装を手掛けるプロのスタイリストから、「もっと派手なものを」と提案されたという。その時は戸惑ったものの、いざ本番の舞台を見て舞台映えに納得。プロの知見の凄さを実感した。  
 さらに大変だったのは、主人公ルフィの陣羽織に施した金糸模様だ。グレード感を出すためあえて手縫いの刺繍を選択したが、金糸の扱いが難しく作業が進まない。糸に蝋を塗るなど改善を重ね、最後は総動員で完成させた。「社会に出たらマニュアル通りにいかない仕事にも直面します。今回、知らないからできないではなく、どうしたらできるかという姿勢を身につける良い機会になったのでは」と松本先生。担当した学生も「最初はうまくいかないと弱音を吐いたり、刺繍の密度を粗くすればスピードアップするのにと考えたりしていました。でも、舞台で衣装が輝いているのを見て、手を抜かなくて本当によかったと思いました」(松本さん)と、笑顔を見せた。

現場に学ぶ仕事のリアル高いハードルを越えてその先に見えた景色

約一年をかけて取り組んだこのプロジェクトは、学生にとって「仕事のリアル」を知るまたとない機会となった。最初は、馴染みのない伝統衣装の創作や求められるクオリティに消極的な姿勢もあったが、その先にある景色を見せたいという先生の熱量が推進力になった。モチベーションを維持するため、先生のもとに届くプロジェクト全体の進捗や課題などはできるだけ共有し、学生が自発的に取り組めるよう働きかけたという。また、関わった外部の大人たちは、「学生だから」と大目に見ることなく彼らと協働。対等な立場で意見を聞き、提案をし、成果を求めた。すると学生は打てば響く鐘のようにその期待に応え、公演直前には、プロスタイリストたちの助手を依頼されるほどの信頼を勝ち得た。  
 自作デザインが「くれは」の衣装に採用された学生はこう語る。「デザインコンペで選ばれた後も、細かい修正が何度もありました。たとえ一か所の修正でも、デザイン画は一から描き直し。学校のテストや課題と重なる中、時間が足りず泣きたくなることもありましたが、プロの仕事とはこういうものだと言い聞かせ、やりきることで、仕事の重みを知りました」(中野さん)。 
 また別の学生は、プロの仕事を見て目標が変わったと言う。「以前は華やかなスタイリストに憧れていましたが、今は裏で表舞台を支える舞台衣装の仕事に就きたい」(三宅さん)。
 「芸能」と「学び」を結ぶ熊本県立劇場×熊本デザイン専門学校の官学連携。若き可能性の芽をはぐくむ土壌がここにある。地域人材の育成・輩出へ向けた今後の取り組みにも注目したい。


<実際、プロジェクトに参加して>

仕事のやりがいや達成感だけでなく、華やかな仕事の裏に多くの影の努力があることを知れてよかったです。総合演出の藤原道山さんから、今回の衣装は今後も演目と共に多くの方に見ていただけると聞き、鳥肌が立ちました。熊本の美しい伝統芸能を、是非全国の人に知っていただきたいです。

(左から)三宅ゆいさん 、中野文愛さん、 松本里穂さん

編集/編集部 ライター/飯鉢仁弥 撮影/上林千晶 、内山光、品川英貴』本文はCareerMapLabo Vol.2(2023.1月発行)内の掲載記事です。記載されている内容は掲載当時のものです。

松本 雪

松本 雪Yuki Matsumoto

熊本デザイン専門学校 教務部

ファッションデザイン科主任。前職はアパレル生産企業で縫製やパターンを担当。パリコレブランドの生産に携わるなど幅広い実績をもつ。

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