福島県の食の復興を目指し、マルシェの輪は広がり続ける
[概要]
東日本大震災を発端に、Nitchoが中心となり、食の復興に寄与する活動を目指し、一般法人を設立。地域を巻き込みながら、福島県の食を盛り上げるためのさまざまな取り組みを行っている。
[ビジョン]
震災後に受けた福島県の食に対する被害やイメージの回復を目的に立ち上がった。産官学および地域が一体となり、福島県の食の魅力を伝えている。今後も活動の幅を広げていく予定。
<地方創生の仕掛け人たち>
鹿野 正道 Masamichi Shikano
学校法人永和学園
日本調理技術専門学校 学校長
同校でフランス料理の主任教員、広報部長などを経て、2019年から同校の学校長に就任。「食文化が育てば幸せな人が増える」を信念に掲げ、地域の架け橋となっている。
千坂 龍生氏 Ryusei Chisaka
郡山市 農林部 園芸畜産振興課
2022年入庁。6次化・輸出推進係/鯉係に所属。市町村別で全国1位の生産量を誇る鯉、日本一厳しい7つの基準を満たす米『ASAKAMAI 887(アサカマイハチハチナナ)』の普及にも務めている。
本名 善兵衛氏 Zenbe Honna
柏屋薄皮饅頭 代表取締役会長
創業1852年の老舗和菓子店の会長。1986年に社長に就任し、2012年に五代目「善兵衛」を襲名。自身も食べることが大好きな美食家でもある。写真のポーズは饅頭を表現。
山口 松之進氏 Shonoshin Yamaguchi
株式会社孫の手(孫の手トラベル)
代表取締役
昭和30年に3台の車両から始まった山口タクシーグループの代表。「生きがいの循環を通じて、誰もが自分らしい人生を」をモットーに地域貢献にも注力。
震災わずか2、3カ月後に危機を感じて立ち上がった
東日本大震災が発生した2~3カ月後、福島県の食がどんな被害を受けるかは容易に想像できたと当時を振り返るのは、日本調理技術専門学校(以下Nitcho)の学校長を務める鹿野正道氏だ。
「福島県の食の危機的な状況に直面して、食の世界で生きてきた身として何かしなければという思いがあふれてきました」(鹿野氏)
すぐさまNitchoが中心となり、一般社団法人を設立。2013年8月には福島県の優秀な農産物や生産者の情報を発信するWebサイトを立ち上げ、動画の配信を開始した。そこではイケてる(※注釈1)生産者たちを動画で取り上げ、食材の魅力はもちろん、食材をおいしくいただく方法なども紹介。同じころ、Nitchoの生徒を数多く採用してきたことで関わりの深かったイタリアンの奥田政行シェフの力を借りて、県内の優秀な農産物を食べられるレストランの開業を目指し、準備をスタート。またレストランと同じ敷地内で地産地消を掲げたマルシェを始めようと精力的に動いていた。
「郡山ブランド野菜の立役者である生産者の鈴木光一さんと鹿野先生から中庭でマルシェを開催したいという話をいただいたときには地元の人たちが交流でき、復興支援にもつながると思い、喜んで場所をご提供しようと考えました」と笑顔で話すのは老舗和菓子店、柏屋の五代目、本名善兵衛氏。
そして2014年3月には奥田政行シェフがプロデュースしたレストラン「Fuku che cciano」がオープン。その翌月には開成マルシェが12月まで毎月第2/第4土曜日に始まるなど、まいた復興支援の種は次から次へと花を咲かせていった。
「生産者たちからはマルシェという場ができたことで、手塩にかけた食材を直接、消費者に届けられるだけでなく、食べた人の声を聞けるようになったことがやりがいにつながると好評でした。それに生産者同士、横のつながりができたことで刺激を受け、楽しくなったという声も聞かれるようになりました」(鹿野氏)
その後、2015年3月にはトップシェフと福島県産の食材や生産者がコラボし、福島県の食の未来を考えるシンポジウムイベント「ふくしま食サミット」を開催するなど、取り組みの輪は広がり続けた。
しかしマルシェは定期開催だったため、運営を行うNitchoへの負担が重くのしかかり、2015年12月に国からの補助金が終了する段階で辞めようかと思い悩んだという。
「国からの補助金がなくなる代わり、生産者の皆さんに運営費用をNitchoに払っていただかないと継続が難しいと生産者の方々にお伝えしました。それでも続けたいと受け入れてくれた生産者たちが参加して第二次の開成マルシェが新たな幕を開けました」(鹿野氏)
郡山市・農林部の担当者がマルシェのイチファンとして訪れていたが、やがてボランティアとして運営の手伝いをするようになると状況は少しずつ変わっていく。
「開成マルシェは、その場で食べられるものもたくさんあるので、人がしばらく滞在する、滞在型のマルシェとして注目を集めるようになっていました。そこに前任の担当者がファンとして通っていて、ボランティアとしてマルシェのお手伝いをさせていただくようになりました。その後、郡山市として何かできないか?という話になり、市として連携させていただくことになりました」(郡山市・農林部・千坂龍生氏)
マルシェ開催は月2回に増え、人と人の交流が盛んに
郡山市が参画する「こおりやま食のブランド推進協議会」は、ブランド米『ASAKAMAI 887』のPRに努めている。開成マルシェではNitchoと連携して、お米と新鮮な卵、地元の醤油と一緒にいただく卵かけごはんを販売するなど、さらなる連携を強めている。プロジェクトが始まって10年目に突入した開成マルシェの取り組みは、新型コロナウイルス感染症が5類に引き下げられると、「もっと開催してほしい」という地元の要望に応えて、月2回開催にペースアップ。農産物やのりのような水産加工品、パンやお茶、季節ごとに登場する果物を目当てに、開成マルシェには県内外から人が集まってくるようになった。
残念ながら、『Fuku che cciano』は2015年に閉店したが、その後を引き継ぎ、翌年に新たなバルをオープンしたのが地元でタクシーグループ、孫の手トラベルの代表取締役を務める山口松之進氏だ。
「奥田シェフの想いは引き継ぎつつ、建物の向きを変え、テラスを設置し、キッチンカウンターとテラスを一体化するなど大きく手を加えて、旬のベジカフェバル『BestTable』として経営することにしました。地元郡山ブランド野菜など採れたての新鮮野菜を料理にふんだんに使用しており、一人でも多くの郡山市民の皆さんに「郡山の旬」をカジュアルに楽しんでほしいと願っています。マルシェと一緒にこれからも地域を盛り上げていきたいです」(山口氏)
地域と郡山市、専門学校が一体となり、地元の食を盛り上げるプロジェクト。組織の枠をこえて、これからも新たな福島の食の未来に豊かな彩りを与えるに違いない。
<マルシェに参加した生徒の声>
安藤鈴華さん Rinka Ando
調理師本科2年制 経営修学コース2年 開成マルシェの取り組みについて以前から興味があり、参加したいと思っていたら、先輩から「手伝ってほしい」と声がかかりました。マルシェ開催の日にテント設営などを行うのですが、生産者の方に直接お会いして魅力あふれる食材に出会え、いずれ地元の食材を伝えられる料理人になりたいという思いが強くなりました。
編集・ライター/松葉紀子(spiralworks) 撮影/保田敬介(郡山市)、大谷康介(札幌市)
本文はCareerMapLabo Vol.4(2023.8月発行)内の掲載記事です。記載されている内容は掲載当時のものです。
鹿野 正道Masamichi Shikano
学校法人永和学園
日本調理技術専門学校 学校長
同校でフランス料理の主任教員、広報部長などを経て、2019年から同校の学校長に就任。「食文化が育てば幸せな人が増える」を信念に掲げ、地域の架け橋となっている。
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