各国の著名人の同時通訳を務めた経験を持つ、世界の第一線で活躍する同時通訳者の田中慶子さん。
「みんなと同じこと」に違和感を抱き、高校では不登校に。
自分の問いを封じられた教室から問いが価値になる世界へ。
“みんなと同じ”ではない学び方が、その後のキャリアを切り開く力になる―。
学びの意味を考え続けた田中さんがなぜ世界で活躍できるようになったのか。
これまで歩んできた人生について話を伺いました。
「みんなと同じ」に違和感を抱いていた日本での学校生活
― 高校時代、なぜ不登校になられたのでしょうか。
私が日本の学校教育に違和感を覚え始めたのは、たぶん早い時期でした。「決まったことを、決まった通りにやる」という空気が、どうしても窮屈でした。高校に入って、その違和感は決定的なものになりました。実は、入学前から私はこの学校には行きたくありませんでした。でも当時は、成績順で進学先がほぼ決まっていて、自分の意志で学校を選ぶ余地はほとんどありませんでした。望んでいないとわかっていながら受験し、合格し、そして案の定、入ってみたら”やっぱり無理だった“わけです。
不登校になったとき、「なぜ行かないの?」と何度も聞かれました。でもその問いに簡単に答えられるなら、こんなに苦しみません。友だちが嫌いなわけでもないし、勉強がまったくできないわけでもありません。ただ、「合わない」。でも、その”合わなさ“を、高校生当時の私は言葉にできなかったのです。「私は学校に行きません」と強い意志で反発していたわけではありません。体が動かなくなる感覚、学校に向かおうとすると重くなる心。行けるものならむしろ行きたかったですし、みんなと同じようにできる自分でありたかったです。でも、その”同じ“が、私にはあまりにも窮屈だったのです。
―不登校になった自分を、どう受け止めていましたか。
当時、私の心の中は複雑でした。「親には申し訳ない」「普通にできない自分はダメなんじゃないか」という思いがある一方で、「でも、これは本当に私だけの問題なのだろうか」という疑問も、消えずに残っていました。
私は、日本の学校制度そのものを否定したいわけではありません。高い識字率、全国に行き届いた義務教育は、本当に素晴らしい仕組みです。ただ、そのやり方が「全員に合うはず」とされてしまうことに、問題があるのではないでしょうか。
人間は一人ひとり違います。興味も、理解のスピードも、心地よい距離感も違います。それなのに、「同じであること」に無理に合わせようとすると、苦しくなるのは子どもだけではありません。思考を停止して合わせることを良しとしなければならない大人も、きっとつらいのではないかと思います。最近は、不登校への理解やオンラインで学べる環境など、少しずつ選択肢が増えてきました。それはとても良い変化だと思います。「あなたはこれが好きなのね」「私はこっちを選ぶね」。一人ひとりに合った学び方やキャリアへの道筋を尊重できるようになれば、多様な進路、働き方につながるのではないでしょうか。

海外に渡航しても、目的を問う姿勢は変わらなかった
― 不登校だった田中さんがなぜ海外という選択をしたのでしょうか。
高校卒業時、私には「この道に進みたい」と言える進路がありませんでした。大学に行く気にもなれず、かといって就職する自分も想像できません。どこにも自分の居場所がないように感じていた時期でした。
そんなとき、親から「これからどうするの?」と聞かれました。そのときに口から出た言葉は、ほとんど思いつきでした。「これからは国際化の時代だから、英語を学びたい」と。 自分でも忘れてしまうほど軽く口にしたそのひと言を、母は真剣に受け止めてくれたのです。気づけば私は、”海外に渡航すること“になっていました。しかし実際に行ってみると、”自然に英語が身につく“というわけではない現実に直面しました。当時、語学留学する日本人は多く、英語を使う機会は驚くほど少なく遊んで過ごして帰国する人もいました。しかし私はどこかでずっと引っかかっていました。「私は、ただ遊びに来たわけじゃない――」と。
かつて日本の学校で学んでいるとき、「みんながやっているから」「決まりだから」と言われるたびに、納得できませんでした。やること自体よりも、「なぜやるのか」を知りたかったのです。この問いを持つことをやめることはできないという姿勢は、海外に出てからも変わりませんでした。英語を学ぶために来たのだからと、つたない英語でも必死に現地の人に声をかけ続けました。うまくいくことはほとんどなかったけれど、「目的から目をそらさない」という姿勢だけは、私の中に確かにありました。既存の進路に自分を合わせるのではなく、”自分で選んだ学び“がキャリアにつながるという実感を得た最初の経験でした。
― その「問い」が、その後の大学進路にもつながったのでしょうか。
マウント・ホリヨーク大学を選んだ理由は、とても現実的なものでした。奨学金を得られたからです。当時の私にとって、「親に過度な負担をかけず、自分の力で進学できること」、それが進路を決める上での絶対条件だったのです。進学した大学は、アメリカ最古の女子大学であり、リベラルアーツ教育に定評のある大学でした。正直に言えば、入学前は女子大学に強い魅力を感じていたわけではありません。むしろ、女子だけという環境に違和感さえ抱いていました。しかし実際に学び始めると、その印象は大きく変わります。「女性が高等教育を受けること」そのものを社会的使命として誕生した大学です。学生一人ひとりが、自分の頭で考え、意見を持ち、社会とどう関わっていくのかを問われる環境がありました。そこでは性別によって将来像を限定されることはなく、むしろ”あなたは何を成し遂げたいのか“ということを常に問われていました。

大学で気づいた自分の無意識下で刷り込まれていた未来像
― 大学でキャリア観は変わったのでしょうか。
大学生活の中で、私は自分のキャリア観と正面から向き合うことになります。アドバイザーの先生から将来の夢を聞かれた私は「外交官の妻になりたい」と答えました。自由で自立した人間でありたいと思っていた一方で、どこかで”いつか自分は誰かの支えになる立場に収まる“という前提を、無意識に受け入れていたのです。
それに対して、先生から「外交官の妻ではなく、あなた自身が外交官になりなさい」と言われ、このひと言は、私の進路観を大きく揺さぶりました。自立を口にしながら、実は依存する未来を当然のものとして描いていた自分に、初めて気づかされた瞬間だったからです。リベラルアーツ教育の中では、正解のない問いに向き合い続けます。考えを言語化し、他者と議論する。その積み重ねが、「誰かの肩書の一部として生きるのではなく、自分自身の専門性と意思で社会に関わる」というキャリア観を育ててくれました。自分のキャリアは、自分の意志と責任で設計していいのだという土台が、この大学で築かれたのだと思います。
― その土台が今の仕事で役に立っていると感じるときはありますか。
「何のために?」と問い続ける姿勢です。会議や組織の場で話がかみ合わないとき、多くの場合、目的が共有されていないことがあります。手段や言葉だけが先行し、「何を決めたいのか」「なぜ集まっているのか」があいまいなまま進んでしまうことが多いのです。あるとき、通訳が必要でない会議にオブザーバーとして入ってほしいと何気に呼ばれたので、「これは何のための話し合いですか?」と皆さんに問いかけました。これまで「何のため?」という問いを立て直すことで、場の空気や意思決定の質が大きく変わることを通訳現場でも何度も目にしてきたからです。振り返れば、これは私が子どものころから変わらない姿勢です。「なぜ?」と問い続けてきたことが、結果として、今の仕事にもつながっています。

― 読者に伝えたいメッセージは?
もし今、違和感を訴える子どもがいるとします。意欲がないのではなく、その子に合う”学びの形“にまだ出会えていないだけなのかもしれません。学校の先生にとって、お子さんから投げかけられる問いを受け止めることは、すぐに答えを与えることよりも、ずっと勇気のいる教育かもしれません。でも、「なぜ?」を許された経験は、その人が世界とつながる力になります。こうした問いを続けることは、遠回りで、非効率に見えるかもしれません。それでも私は、「なぜ?」を手放さなかったからこそ、自分の学びの場、自分の居場所をつくることができました。違和感は、間違いではなく、それぞれの未来につながる扉のサインです。その子に合った学び方を見つけることは、まさに自分自身のキャリアの第一歩になるのではないかと思います。ぜひ、その違和感を大切にしてあげてほしいです。
取材・文/松葉紀子(spiralworks) 撮影/荒井健 衣装提供/HERALBONY(https://heralbony.com/)
本文はCareerMapLabo Vol.7(2026.3月発行)内の掲載記事です。記載されている内容は掲載当時のものです。

田中 慶子Keiko Tanaka
Art of Communication代表
高校時代は不登校を経験。その後、アメリカのマウント・ホリヨーク大学を卒業。通信社やNPOなどでの勤務を経て、フリーランスの同時通訳者に。これまでダライ・ラマやテイラー・スウィフト、ビル・ゲイツ、オードリー・タンなどの通訳を経験。2010年コロンビア大学にてコーチングの資格を取得し、コーチングの分野にも活動の場を広げている。

松葉 紀子Noriko Matsuba
株式会社リクルート「とらばーゆ」の編集を経て、2000年フリーランスに。雑誌のデスク業務をはじめ、Webサイトのディレクション、取材執筆などに携わる。「働く」というキーワードを軸に取材、執筆をつづけている。
【趣味】建築巡り(コルビュジエ・安藤忠雄)や海外旅行、空手初段。
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