2026.06.30

AIで揺らぐ働く常識。今求められる職業教育のアップデート

new
AIで揺らぐ働く常識。今求められる職業教育のアップデート
パンデミックやAIの登場により、働き方の常識が大きく変わり、産業構造は転換期を迎えている。
一方、専門学校で育成されるエッセンシャルワーカーの多くは、社会で必要不可欠となり、今後は需要も待遇も高まる見通しだ。
著書『ホワイトカラー消滅』の冨山和彦氏は、「これからは職業教育が重要」と話す。
今回、先行きが見えにくい現代社会において今、求められる職業教育のアップデートについて冨山氏に話を聞いた。

学歴・大企業神話が終わり、産業構造は転換期へ

お話を伺ったのは・・・

冨山 和彦

『ホワイトカラー消滅:私たちは働き方をどう変えるべきか』(NHK出版新書)の著者で、日本の経営改革と企業再生をけん引してきた実務家。ボストンコンサルティンググループを経て、産業再生機構でCOOを務め、多くの再生案件を統括する。2007年に経営共創基盤(IGPI)を創業。現在は日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役会長やメルカリ社外取締役などを務める。

 DXの深化とAIの急速な普及は、労働市場の構造そのものを転換させつつある。こうした大きな変化を長年企業経営と産業の現場から見続け、2024年に『ホワイトカラー消滅』を出版した冨山和彦氏は、現在起きている現象を「産業革命の新たなステージ」と指摘する。
 20世紀後半、日本では情報を集め、整理・分析し、伝達するといった”情報の中継作業“が高い付加価値として捉えられ、高所得と安定を象徴するホワイトカラーと呼ばれる職種が生まれた。日本で「良い大学→大企業→終身雇用」というモデルが社会常識として固着したのもこの時期である。しかし冨山氏は、これからこのホワイトカラーの分野で、もっとも大きな変化が訪れると指摘する。 「これまで価値を生んできた”情報の中継領域“は、AIに大きく置き換えられるフェーズに入っています。この情報の中継作業は、ホワイトカラーが担ってきたものです」  
 AIを使えば、自然言語を理解、翻訳、整理をし、資料を作り、分析までも行うことができる。これまでホワイトカラーが担ってきたルールベース業務やプログラミングの多くはすでに代替が始まり、米国を中心にIT系ホワイトカラーたちのリストラが相次いでいる。 「プログラムを書く作業も、結局はツールを使うための”翻訳“です。これもAIが自動化する領域に入ってきています。2024年に本を出版したのですが、想定以上の速さでホワイトカラーの消滅は進んでいると感じています」(冨山氏)

AIが代替しにくい、専門職の明るい未来

 一方で、AIでは代替しにくい分野が存在する。それが”身体性を伴う仕事“と”感情労働を含む対面サービス“である。 「AIには筋肉も手足もありません。ですから、身体性が必要な仕事は置き換えられません。ロボットで身体性を伴ったものをつくろうとすると膨大な費用がかかるので現実的ではありませんから」と冨山氏は断言する。  建設や自動車整備、調理、美容、介護、医療、物流、交通等、これらは現場判断や身体操作、対面コミュニケーションが不可欠で、人間ならではの価値が強く残る分野である。  さらに日本は世界でもまれに見るスピードで少子高齢化が進行しており、生産年齢人口は構造的に減り続けている。つまり、エッセンシャルワーカーと呼ばれる専門性の高い職種の人手不足は一時的ではなく、長期トレンドとして続くというのだ。 「需要は増え続け、供給が不足している。しばらくこの構造が変わることはありません」(冨山氏)  最近、技能職の賃金が上昇しているが、まさに市場の原理が働いた結果である。自動車整備士や大型特殊免許保有者、重機オペレーターなどの手に職が必要な仕事の求人倍率は上昇し、待遇も改善が進んでいる。 「価値を生み、社会から必要とされているからこそ、高い報酬が支払われるようになるのです」(冨山氏)  労働市場の評価軸は、すでに新しい方向へと動き始めている。

分断された労働市場と社会認識の遅れ

 問題は、社会の認識が産業構造の変化に追いついていないことだ。それに加えて冨山氏は、ホワイトカラー領域とブルーカラー領域の間にある「深い分断」を指摘する。多くの若者は依然として、”ただなんとなく、ホワイトカラー“を目指しているが、実際には賃金逆転が起きている。さらに深刻なのが、進路指導を担う大人たちの認識である。 「産業構造はこれまでと大きく変わっていますが、保護者と学校の先生の価値観が、20世紀のまま止まっていると感じます」(冨山氏)  
 これまでのように新卒一括採用、終身雇用を前提に進路を勧めることは、これからの時代においてリスクを増幅する可能性が高い。また大学教育についても、冨山氏は課題を提起する。 「研究者として生きる人はごく少数なのに、多くの大学が大教室中心のアカデミックモデルを続けています。今後、同じ教育体制では産業構造と教育内容のズレが拡大していきます。大学でも職業教育にもっと力を入れるべきです」(冨山氏)  
 一方で、専門学校は、教育プログラムを時代に応じて変更できる柔軟性がある。フットワークが軽く進化しやすいという強みを生かすことに加え、冨山氏が提唱するのは「AIを使いこなす、アドバンスド・エッセンシャルワーカー」だ。身体性や対面力に加え、AI・データ活用スキルを備えた”アドバンスド・エッセンシャルワーカー“になれれば、これから労働市場から求められる人材になれるという。

「AIができるか」ではなく、「人間がやる価値」に目を向ける

 最近、何かと話題に上がるAIだが、議論の大半が本質からズレていることが多いと冨山氏は指摘する。 「AIができる仕事か、できない仕事かどうかという問いは、もはや意味を持ちません。そうではなく、人にどんな価値を期待し、人は何に対価を払うのかー問いをそこに変えるべきです。価値を感じるものであれば対価が支払われる。つまり、その仕事はなくなりませんし、価値も下がらないはずです」  
 例えば、簡単な料理であれば、ロボットが作れるようになるかもしれない。しかし人間が対話し、料理するレストランはなくなることはないはずだ。そこには合理性だけでは説明できない、人間にしか生み出せない価値が存在するからだ。  
 つまり、これから”働く“を考えるときには人間として価値を生み出せるものかどうかを見極める必要がある。それが今後、人生100年といわれる時代に生き残っていけるかどうかの分かれ道になるからだ。今後、人間の仕事は、単純作業や情報処理から解放される一方で、より高度な対面性・身体性・判断力が求められるようになる。そうした時代で生き残っていくためには、職業教育・リカレント教育の重要性はますます高まっていくはずだ。

今こそ、働く意味とは?問い直すべき

 冨山氏は産業構造が劇的に変わる今の時代、「働くとは何か」という根源的なテーマを問い直すべきだと語る。 「仕事とは、誰かに役立ち、その価値に対して対価をいただく行為を意味します。かかっている原価、つまりコストに対して、それ以上の対価を支払ってくれるもので、とても尊いものです。それを受け取る側のものたちは忘れてはいけません。これから仕事を始める若者だけでなく、どの世代の人たちにもいえることです」(冨山氏)  
 続けて、今、順風満帆な人生に思える人でも仕事に対するこうした問いは忘れてはいけないと警鐘を鳴らす。 「大きな組織に所属していると、自分の仕事が最終顧客につながっている実感が持ちにくくなります。しかし、産業構造が大きく動く局面では、価値連鎖のどこが本質かが厳しく問われます。だからこそ、顧客にどんな価値を提供できるのかをシビアに捉えるべきです」(冨山氏)  
 現在、企業の管理部門や中間機能が縮小しているのは、顧客価値との距離が遠いからだという。 「自分は誰の役に立っているのか。その先でその人は誰に価値を届けているのか。常に自問し続ける必要があります」(冨山氏)  
 これは若い世代はもちろん、すべての働く人たちにとって、一生離れられない命題といえる。  
 人生100年と言われる今の時代、60歳の定年後も長く働く可能性がある。これからは肩書きではなく、「何ができるか」「身体を動かし、判断し、価値を生み出せるか」そして「専門性を磨き続けること」が、自立の条件となる。
 AI時代は、人間の仕事を奪うだけの時代ではない。むしろ「人間が何に価値を見いだすのか」を浮き彫りにする時代である。職業教育とリカレント教育の充実は、その未来を支える礎となるだろう。  
 労働市場の変化はすでに始まっていて、問われているのは、社会がその現実を直視できるかどうか。そして一人ひとりが、自らの「役に立つ力」をどこに築くのか。それぞれの仕事における選択が、次の時代を形づくっていくことになるだろう。流動的な時代だからこそ、自分の核となる部分を見つけ、歩んでいってほしい。


<好事例紹介 〜教育の現場にも変化 〜>

大きい見出し チャイムも鳴らず、時間割も自分で決める!
生徒が自ら課題を見つけ、学びをつくる「ドルトン東京学園」

お話を伺ったのは…

ドルトン東京学園中等部・高等部校長

安居長敏 氏

1982年に滋賀女子高校(現・滋賀短期大学付属高校)に赴任。2002年に教職を離れコミュニティFM局を設立後、2006年に滋賀学園中学・高校へ。2013年に高校校長、2015年に中学校長を兼務。2017年に沖縄アミークスインターナショナルの校長、のちに学園長を務め、2019年から同学園顧問(非常勤)およびドルトン東京学園参事に。2020年に同校副校長、2022年7月より現職。

 「18歳の序列一本勝負」。大学入試を頂点としたこの価値観は、長く日本の教育を形づくってきた。しかし、AIの登場や働き方の自由化などの変化を迎えた今、序列より大切にすべきものがあるのではないか—。ドルトン東京学園 安居長敏校長のSNSでの言葉は、その問いを鮮やかに投げかけている。  
 同校は2019年に開校した中高一貫の一条校だ。全校600名に対し、教員は約70名、多様な国籍のスタッフを含め、100名規模の大人が生徒の学びを支える。母体である河合塾は、幼児教育で50年以上、「好奇心に基づく学び」を実践してきた。ドルトンプランを中高に展開したいという思いから、130年の歴史を持つ旧・東京学園高校を受け継ぎ、誕生したのがこの学校だという。教育の中心にあるのは、従来型の“教員が教え、生徒が覚える”モデルとは対極の発想である。安居校長は「子どもが自ら課題を見つけ、学びをつくる学校にしたかった」と語る。無理に知識を詰め込むのではなく、“自分は何を知りたいのか”を探るところから学びが始まる。  
 中学・高校の6年間の設計も特徴的だ。前半2年は興味をじっくり育てる探索期。後半4年は時間割も含めて自分で学びを組み立てる。プロジェクト型学習や探究が学校の中心に据えられ、「何を」「どこまで学ぶか」を決められる自由が、生徒の手に委ねられているのだ。  
 大学では「学修者の自立」、専門学校では単なる知識の習得にとどまらず、「自ら学び続ける力」(生涯学習力や自己調整学習能力)の育成が重要視されるようになった。ドルトン東京学園は、その流れを中等教育で先取りして、いち早く実践している存在だといえる。  
 2025年の卒業生の進路も国内外、大学・専門学校など、非常に幅広いところから、取り組みの結果が見て取れる。  正解を覚える力より、問いを生み出す力へ。序列ではなく、学びの多様性へ。同校の取り組みは、これからの進路指導や専門学校教育が向かう方向を静かに示しているといえるだろう。

<ドルトンプラン / 2つの原理>

100人の生徒がいれば100通りの考え方・やり方があります。一人ひとりの生徒のやり方とペースに合わせるとともに、学習するために必要な時間を十分に与えることで、物事に取り組む意欲や態度、さらに持続力なども養います。

学校を「人とともに生きることを学ぶコミュニティー」として捉え、たえず集団の中の一人として行動させるとともに、他クラス・他学年など別の集団とも積極的に交流させます。多様な価値観に触れ、社会性や協調性を身につけます。

<ドルトンプラン / 3つの柱>

ドルトン東京学園には、1年1組、2年A組といったクラスはありません。6学年の生徒が各4〜5人ずつ集まり、行事などの学校生活を共に過ごすHouse(ハウス)と、授業を一緒に受ける同学年の集団Lesson Group(学習グループ・LG)の2つのグループに所属します。ハウスは、3〜6年生が中核となり、上級生は下級生の学習・生活のサポートをしています。下級生は上級生の姿にロールモデル(=理想の成長像)を発見し、今後の自分の姿に見通しを持つことができます。

ドルトン東京学園の学びは、「アサインメント」を中心に展開しています。アサインメントは、学習内容(単元・テーマ)ごとに用意されており、学習の目的や到達目標、学習の方法と手順、さまざまな課題が具体的に示されています。これを用いることで、生徒は自分が学んでいることの意義や目的を知り、ゴールまでの道のりを見通し、自分に合った学習計画を立てることができます。

ドルトン東京学園では、自由に学ぶマインドやスキルを身につけ、自分の探究を行うことができる「ラボラトリー」の時間を設定しています。ラボラトリーには、主に学年ごとのテーマに取り組む「基礎ラボ」と、個人の興味関心の幅を広げ・深める「探究ラボ」があります。探究ラボは、多様なテーマで展開する「テーマラボ」、自分でテーマを決めて計画的に学ぶ「オフィスアワー」にわかれています。授業での学びを深め・定着させたり、教員や友人と相談をしたりするなど、自分の学びを自分で創り上げていくことができます。探究のマインド、スキルを身につけ、研究室で学ぶかのように、自らの課題を探究する時間と場所がラボラトリーです。

編集・ライター/松葉紀子(spiralworks) 撮影/保田敬介  イラスト/安田友里加
本文はCareerMapLabo Vol.7(2026.3月発行)内の掲載記事です。記載されている内容は掲載当時のものです。

冨山 和彦

冨山 和彦Kazuhiko Tomiyama

『ホワイトカラー消滅:私たちは働き方をどう変えるべきか』(NHK出版新書)の著者で、日本の経営改革と企業再生をけん引してきた実務家。ボストンコンサルティンググループを経て、産業再生機構でCOOを務め、多くの再生案件を統括する。2007年に経営共創基盤(IGPI)を創業。現在は日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役会長やメルカリ社外取締役などを務める。

安居 長敏

安居 長敏Nagatoshi Yasui

ドルトン東京学園中等部・高等部校長

1982年に滋賀女子高校(現・滋賀短期大学付属高校)に赴任。2002年に教職を離れコミュニティFM局を設立後、2006年に滋賀学園中学・高校へ。2013年に高校校長、2015年に中学校長を兼務。2017年に沖縄アミークスインターナショナルの校長、のちに学園長を務め、2019年から同学園顧問(非常勤)およびドルトン東京学園参事に。2020年に同校副校長、2022年7月より現職。

  • シェアする
こちらもオススメ