その歩みと今思い描いている未来について取材しました。
南極料理人として二度の越冬隊を経験。過酷な環境下、料理を通じて皆を笑顔にする喜びを実感
大学時代に料理の楽しさを知り、中退して専門学校へ
これまでに二度、南極地域観測隊の調理担当として南極に渡りました。その間、ラトビア日本大使館の公邸料理人や、調査船の司厨手(船舶での料理担当)など、日本国外での仕事を多数経験。そして現在は、船舶料理士としてタンカーに乗り、船員の食事を一手に引き受けています。
高校卒業後は大学に進学しましたが、飲食店でのアルバイトが楽しくて「料理の道で生きていきたい」と二年次で中退。大阪の辻調理師専門学校に入学しました。辻調を選んだのは、調理師としての基礎を1年で学べる学科があったことと、アルバイトと住居を紹介してくれる制度があったことが決め手となりました。
学校では、名だたるOBが最前線の技術を教えてくれました。そのとき「今はわからなくても、とにかくノートに取っておけ。必ず役に立つから」と言われたのですが、現場で働いてみてこのノートの大切さを実感。南極にも持っていきましたし、今も見返して参考にしています。
卒業後は、イタリア料理店やウエディング会社のフレンチ料理人などを経験。そんなある日、職場の先輩に南極料理人の話を聞いたのが大きな転機になりました。料理を通じて、極地で国家事業に参加できるなんて、素晴らしいことだと。いつか絶対に挑戦したい! と強く思いました。
1回目の後悔を糧に2回目に向けて万全の準備で臨む
そして2007年、第49次南極地域観測隊・越冬隊に合格。まずは、経験者である先輩と組み、29人の隊員用の1年4カ月分の食材を準備するところからスタート。用意する食材は1人あたり1トン、食材の種類は約2500種類に上ります。
初めてのことで勝手がわからず、これまでの事例をもとに食材を準備しましたが、後悔することが多かったですね。現地で「隊員のためにこれが作りたい」と思っても、食材がないとどうにもならない。「観測隊の仕事は出航前の準備が80%」などと言われますが、料理も同じなのだと痛感。「絶対にまた南極料理人にチャレンジしよう。そして今度こそ、準備を万全にしよう」と決意しました。
帰国後は、次回のチャレンジのためのスキルアップに没頭。まず割烹料理店で日本食を学び、実践の場としてラトビア大使館の公邸料理人を選択。現地の食材を駆使して和食を表現するスキルを身につけました。その後は大量の仕入れを経験するために長野の大型リゾートホテルに転職。大量仕入れの感覚を鍛えつつ、レシピを日々書き貯めました。
そして2016年、第58次南極地域観測隊・越冬隊の調理責任者として再び南極へ。事前に隊員の出身地や年齢などをリサーチして食材を準備し、誕生日などお祝いの席で郷土料理を提供。南極では味わえない「季節感」も重視し、例えばお節やひな祭りなど季節のメニューを提供するなど、いろいろなサプライズを仕掛けることができました。
食事の力って、本当に大きいんです。食事がおいしいと笑顔になるし、会話も弾む。そしてチームの団結力もぐんと上がる。隊員の日々の仕事を食で支えているという責任とやりがいを実感することができました。2回目の南極料理人としての仕事は、大成功だったと自負しています。
そして現在は、旭タンカーの船舶料理人として働いています。石油類などいわゆる危険物を運ぶので、輸送中は常に緊張を強いられます。そんな船員の方々を、美味しい食事で笑顔にしたい。南極料理人としての経験をフルに生かし、過酷な環境下でも心からほっとできる時間を提供したいと思っています。
編集・ライター/伊藤理子 撮影/佐伯信博、内山光
本文はCareerMapLabo Vol.4(2023.8月発行)内の掲載記事です。記載されている内容は掲載当時のものです。
青堀 力 Chikara Aohori
船舶料理士
辻調理師専門学校を卒業後、イタリア料理店を経てハウスウエディング会社でフランス料理を学ぶ。2007年、第49次南極地域観測隊・越冬隊の調理担当に選ばれ、11月より約1年4カ月間南極での勤務を経験。帰国後は割烹料理店を経て、在ラトビア日本大使館公邸料理人を1年間務める。その後、長野県のリゾートホテルに料理長として約5年間勤務。2016年、第58次南極地域観測隊・越冬隊の調理担当として再び南極へ。帰国後、調査船の司厨手や飲食業経営などを経て、2023年4月より旭タンカー株式会社の船舶料理士。
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