2024.08.06

高校 ×専門学校×企業の新たな取り組み Tokyo P-TECH

高校 ×専門学校×企業の新たな取り組み Tokyo P-TECH
急速な成長を続けるIT業界。
日本でも最先端技術に精通し、世界で活躍できるようなIT人材育成が急務になっています。そこで今回、米国での事例を参考に始まった高校×専門学校×企業で行っている
注目のIT人材育成「Tokyo P-TECH」についてご紹介します。

Tokyo P-TECHとは?
P-TECHとは(Pathways in Tech-nology Early College High Schools)の略。工業高校3年間から専門学校2年間の接続を図ると同時に、IT企業の実務家等からの支援により、IT人材の育成を目指す教育プログラムを意味する。

<Tokyo P-TECHのキーパーソンたち>

吉田 直子 Naoko Yoshida
東京都教育庁 都立学校教育部 ものづくり教育推進担当
水道局や中央卸売市場など、さまざまな分野での経験を経て現職。実際の教育現場にも積極的に足を運び、工業や商業、農業などの専門高校の教育を推進中。

西牧 豊実 Toyomi Nishimaki
東京都立荒川工業高等学校 校長
都教委にて10年間勤務した後に、2021年より現場に戻り、荒川工業高等学校の校長に就任し、同校のリーダーを務めるとともに、『A-FUNS』を推進している。

船山 世界 Sekai Funayama
日本電子専門学校 校長
1987年より日本電子専門学校に教員と
して勤務。体育教育、キャリア教育、就職サポートに従事。マネジメント職を経て、副校長を2年勤めた後に現職。

東京都が進める、高校教育改革。生徒一人一人の可能性を引き出す注目のIT人材育成プログラム

 東京都は、都立高校と専門学校、企業が連携してIT人材の育成を進める「Tokyo P-TECH事業」を2021年度より開始している。
 取り組みのきっかけになったのは、東京都教員委員会が2019年2月に策定した「都立高校改革推進計画・新実施計画(第二次)」にある。「当時、IT人材育成を急務としており、さまざまな取り組みを検討していました」(教育庁・吉田直子氏)。
 そんな折、IBMが米国で行っているP-TECHに着目したのだという。
 P-TECHとは、教育行政と学校、企業がパートナーとなり、IT人材の育成を進める公教育モデルである。当時は13カ国100校で開設されており、日本でも同様のプロジェクトを取り入れようと、2019年4月から試行的に取り組みを開始した。
 では、なぜ協力機関として専門学校が選ばれたのか。
 米国のP-TECHでは教育期間を5年間に設定している。高校でITの土台を作り上げた後、残りの2年をどのような場所で教育するのかと考えた際、IT人材の裾野を広げようとすると、高校から専門学校に接続するのが最善の道という結論に至ったのがその理由だという。

『A-FUNS』とは、荒川工業高等学校のAを頭文字にして、取り組みに協力してくれる専門学校および企業の頭文字とFUN(楽しみ)をかけて取り組みがうまくいくように願いを込めてつけられたプロジェクトの名前だ。


 この取り組みは2021年4月から本格的に開始。都教委はTokyo P-TECHの取り組みを広めるた
め、都内の工業高校にも声を掛け、2021年12月には荒川工業高校と日本電子専門学校による提携協定が締結された。
 ちなみにこの協定では「日本電子は教育に関する包括的な支援を行う」とされている。
 日本電子専門学校の船山世界校長は「Tokyo P-TECHによるIT人材育成は、産官学連携や高専連携を重視する本校の方針に合致する。私たちが持っている教育ノウハウやリソースを活用して貢献したい」と語る。
 そもそも高校教育では、生徒たちにITに対する興味を持たせ、深めさせることが重要で、新たなことに挑戦する人材を育成するためには素地を高校でつけるべきと、今回の取り組みについて3人は口をそろえる。
 とはいえ、荒川工業高校では教員から「うまくいくのか」という不安視する声が上がっていたのも事実だ。教育現場の改革はこれまでも何度も挑戦してきたが、達成させることが難しかったからだ。それに指導要領と照らし合わせても、現在の指導のままで問題はない。
 そこで荒川工業高校では、授業は現状を維持し、学習意欲の高い生徒を対象に企業や専門学校の協力のもと、放課後に課外授業を行うことに決定した。
 「生きる力は5教科の点数だけでは判断できません。Tokyo P-TECHは、デジタル社会を支える取り組みです。そこで長く親しんでもらえるように、楽しいことがたくさん起こるようにと願いを込めて、この取り組みを『A-FUNS』と名付けました」(西牧豊実校長)。

IT人材育成の課題に見えた希望。 『AーFUNS』を通して生徒と教員に生まれたポジティブな変化

 『A-FUNS』は2022年4月より開始し、生徒は、協力企業のオフィスを訪問してのプログラミング体験や、日本電子専門学校の経験豊富な教員から「工業情報数理」授業で年間を通じて指導を受けている。これと並行して担当する放課後コンテンツの中で3DCGの制作体験講座やビジネススキル基礎講座を受けるなど、さまざまな体験をしてきた。
 取り組みを通じて生徒に変化があったのは夏休み前だ。生徒たちが自ら進んで学習するようになり、放課後コンテンツにも熱心に参加するようになった。そんな生徒たちの姿を見た教員たちも『A-FUNS』の取り組みに関心を寄せ始めた。教員たちも生徒と一緒に専門学校や協力企業が行っている授業を見学。やがてテクニックの一部を授業に取り入れることも出てきたという。
 「もちろん、教員たちはもともと授業改善にも試行錯誤しながら取り組んでいました。しかし『A-FUNS』では、専門学校の教員や企業が荒川工業高校の生徒に指導をしているため、教員たちも挑戦すれば生徒も変わるのではと可能性を感じられたのだと思います」(西牧校長)
 一方で、船山校長は現状について「今はまだ生徒たちの“学びの土台”を作っている途中」と分析する。
 「生徒たちからすれば、これまで専門学校から来た教員は、“ゲスト”のような扱いを受けていたはずです。しかし教員との距離が近くなった今こそ、生徒たちが本音を言うようになる時期です」(船山校長)。生徒たちの本音を含めたフィードバックを受けた後、『A-FUNS』の取り組みはさらなる進化を遂げるだろうと船山校長は分析する。

『A–FUNS』から派生して生まれた新たな部活動。「AI部」にも期待

 2022年4月には新たな部活動「荒川AI部」も立ち上がり、最初の部活動として、山形県内の高校生を主な対象とした「やまがたAI部」が主催する「やまがたAI甲子園」への参加が決定している。
 部員たちはAI甲子園に向けた課題を決めるためにディスカッションを重ね、荒川区産業経済部経営支援課からの助言も受けた。その後、社会の課題解決を目的に据え、「高齢者向けの空調管理システム」の開発を決定。具体的には、それぞれの温度の好みを取り入れながら、AIが快適な温度を自動で調整するシステムを開発する予定だ。空調管理システムの開発は生徒にはハードルが高いように思えるが、電気科の協力を得られる荒川工業だからこそ可能にできるといえるのかもしれない。
 ちなみにAI部の部員たちは、目標に向かって日々、AIに関する学習を重ねている。区役所との話し合いで地域課題への理解も深まり、課題解決へのモチベーションも上がっているという。ちなみに荒川工業は活動報告書にて、「AI部の活動には生徒たちの視野を広げる教育的効果があるだろう」と記している。

①情報技術科の1年生が「工業情報数理」の授業でAI学習を始めている様子。②民間企業と連携し、ドローンの民間資格取得プログラムを実施している。③企業に出向き、ソフトウェア開発を体験する課外授業をしている様子。

Tokyo P–TECHは、生きる力をつける取り組みになるのか

 教育現場にはさまざまな課題があるが、西牧校長と船山校長は、「今が人材育成のチャンスだ」と話す。
「世の中の仕組みが変わっている今こそ、新しいものを生み出すチャンスです。この取り組みを通して、新しいことに挑戦する機会がある時に、気負いせずチャレンジできる人材を育てていきたいです」(西牧校長)。
 また、教育庁の吉田氏はTokyo P-TECHについて、生徒たちに本当の意味で生きる力をつけてもらうチャンスの一つだと語る。
「教育現場で感じる課題は、自分の能力に線を引いてしまい、諦めてしまう生徒が少なくないということ。この取り組みは、自分の目標や希望に向かって歩み続けられる生徒を増やすことに貢献できると期待しています」と話してくれた。
 Tokyo P-TECHは現在、都内の工業高校3校で行われているが、同一のプログラムはなく、学校や企業によって活動内容が異なる。だからこそ、各校の特色を生かした取り組みが進められるのだ。
 荒川工業高校の『A-FUNS』は、まだ試行段階であり、今後さまざまな取り組みが生まれてくるだろう。そこで学んだ生徒たちは、どのように成長していくのか。Tokyo P-TECH『A-FUNS』の未来に期待が高まる。

本文はCareerMapLabo Vol.2(2023.1月発行)内の掲載記事です。記載されている内容は掲載当時のものです。

松葉 紀子

松葉 紀子Noriko Matsuba

株式会社リクルート「とらばーゆ」の編集を経て、2000年フリーランスに。雑誌のデスク業務をはじめ、Webサイトのディレクション、取材執筆などに携わる。「働く」というキーワードを軸に取材、執筆をつづけている。
【趣味】建築巡り(コルビュジエ・安藤忠雄)や海外旅行、空手初段。

  • シェアする
こちらもオススメ