2024.11.18

高校存続の危機から「教育魅力化事業」がスタート

高校存続の危機から「教育魅力化事業」がスタート
島根県の最西端、かつては津和野藩の城下町として栄え、白壁と赤瓦の町並みの美しさで名高い津和野町。多くの文人や文化人を輩出したこの町の「文武両道の精神」を引き継ぐのが、開校116年の歴史を誇る県立津和野高校です。
しかし島根県では、各地で高校存続が危機的状況にあり、津和野高校も例外ではありませんでした。そこで始まったのが、「離島・中山間地高校魅力化・活性化事業」。「高校魅力化コーディネーター」という新しい存在を設置し、“県”立高校のために“町”が協力する――。
通常の縦割り行政ではちょっと想像しづらいこの事業が実現して10年以上、今では町ぐるみのバックアップを得て、「キャリア教育」「T-PLAN」が実施されています。
高校と町が一体となった「ひとづくり、町づくり」の取り組みについて、学校、生徒、教育魅力化コーディネーターのみなさんにお話を伺いました。

高校存続の危機から「教育魅力化事業」がスタート。
「まち全体が学びの場」として、人口7000人の町が
高校生のキャリア教育を全面的にバックアップ

【つながったのは・・・】 

■島根県立津和野高校
(津和野高校「通称ツコウ」…一学年70名程度の小規模校。町外・県外の出身者が6割以上を占める、「しまね留学」を象徴する学校。普通科のなかで、2年時から「探究コース」「自然科学コース」「総合コース」を敷く。来年度から、普通科を転換し「未来共創科」へ。)

校長 松田 哉 先生

島根県大田市出身。県内の大規模校や中山間地域の小規模校で英語教諭としてキャリアを重ね、2024年4月に津和野高校に校長として赴任。2025年度より新設される「未来共創科」のコンセプトづくりを牽引。

進路指導主事 堀尾 真吾 先生

島根県出雲市出身。県西部の進学校や県内最大規模の工業高校で英語科教諭として勤務し、進路指導部に在籍。高校生の進路やキャリアの在り方について学ぶ。前任は津和野高校と同じ鹿足郡内の小規模校。同校で進路指導主事を務めたのち、2019年に津和野高校に赴任。

普通科総合コース3年生 糸賀 奏実さん

吹奏楽部に所属。2024年6月の文化部合同公演「JAM21st」では、実行委員として全体をまとめた。

普通科自然科学コース3年 白川 達矢さん

青森県出身。「しまね留学」を利用して入学し、正徳寮では寮長を務める。グローカル・ラボ(部活動の名称)所属。

●一般財団法人つわの学びみらい
(つわの学びみらい…2011年から始まった津和野町の「教育魅力化事業」を推進するため、2021年に財団法人化。町のスローガン「まち全体が学びの場」を実践し、町と教育をつなぐ役割を果たす。在籍しているスタッフの大半は、町外・県外出身者)

教育魅力化コーディネーター 牛木 力さん

埼玉県出身。カリフォルニア大学バークレー校で、都市計画家が作る高校生向けプロジェクト型学習のプログラム「Y-PLAN」に参画。帰国後は教員をしながら新しい学びを模索し、2016年津和野へ。

教育魅力化コーディネーター 中山 純平さん

東京都出身。IT企業、大阪市や隠岐島前高校など公立高校での教員を経て津和野高校へ。教員時代から「教えない授業」を展開し、総合的な探究の授業設計を中心に「対話」を重ねる。

教員でもないのに職員室に席がある?!
「教育魅力化コーディネーター」とは。

 今から15年ほど前、島根県では、在校生の数が減り存続が危ぶまれている高校がいくつもありました。昨今、学校の統廃合は珍しいことではありませんが、離島や山間部などでは、学校の統廃合がさらに過疎を促すという側面からも、学校の存続は町の存亡にも影響する大問題といえます。島根県の小さな離島の大きな危機感から始まった「高校教育の魅力化」の取り組みは、県全体に広がり、「離島・中山間地高校魅力化・活性化事業」として津和野高校も参画することになります。2013年、津和野高校の職員室に席を置いたのが「教育魅力化コーディネーター」(以下、魅力化コーディネーター)でした。

堀尾先生:
10年以上の活動を経て、今では「高校生が町へ出て学ぶこと」は町内でもしっかりと認知されていますが、最初の魅力化コーディネーターの方は、当初『どうやって高校生を地域と関わらせるか』にずいぶんと苦労をされたようです。最初のきっかけとなったのは、実はこの地域の豪雨災害だったと聞いています。当時の寮生たちが災害復旧ボランティアをしたことから、「津和野高校が町と共に生きる」という体制ができた、と。「災害自体は大変なものだったけれど、せっかくそこでできた繋がりを保ちたい」と魅力化コーディネーターが知恵を絞り、思いついたのが、「総合的な探究の時間」を使うことでした。それまで単発で行っていた地域との関わりを、もう少し体系的なものにしていこうというアイデアが、現在のT-PLANとなっています。

魅力化コーディネーター牛木さん:
私が津和野高校に魅力化コーディネーターとして参加したのが、2016年。当時、「教育魅力化コーディネーター」というのは、県の嘱託職員でした。県の嘱託職員でありながら、実際の管理やマネジメントは町のもとで、職場は教員でもないのに職員室で、といういろんな意味で越境した立場でしたね。一般財団法人になったのは、2021年。スタッフが集められるようになってようやく法人化に乗り出した感じでした。津和野高校の魅力化コーディネーターは、先生方や町の方々と協力して、T-PLANの中で行うさまざまなプログラムの企画、コーディネート、運営をしつつ生徒に伴走し、さらに良いものになるようアレンジしたり、新しい企画を考えたり…という仕事です。「つわの学びみらい」では、町内の人は誰でも学べる町営の英語塾「HAN-KOH」の運営なども行っており、町のスローガンである「町全体が学びの場」を実践できるよう活動をしています。津和野高校で行っている「T-PLAN」は、カリフォルニアのバークレー校で学んだ時に関わった「都市計画と教育」のプロジェクトである「Y-PLAN」がモデルになったものなんですよ。

◀️高校の敷地内にある津和野町公営塾の
HAN-KOH。津和野町の子どもは誰でも利用できる

「さがす」「やってみる」「つなぐ」をコンセプトに
3年間の時間をかけて取り組む「T-PLAN」。

 一年次に「さがす」、二年次に「やってみる」、三年次に「つなぐ」をコンセプトに様々な活動を展開。モットーにしているのは生徒の主体性だが、どのシーンでも欠かせないのが、町の人との関わりだという。

堀尾先生:
一年次は「さがす」がコンセプトなので、やりたいことが明確な生徒にとってはその助けとなるもの、明確でない生徒にとっては興味関心をさがす助けとなることを目的としています。地域の住民の方や卒業生、時には教員や魅力化コーディネーター自身を講師としてゼミを開講、生徒が希望を出して受講します。座学もあれば体験型もあり、「町議会に潜入」から「アイドルから見る日本社会」まで、本当に幅広い内容ですが、講師の招へいや講座の運営は、全て魅力化コーディネーターが力を尽くしてくれています。これまで5年間でおよそ150ほどの講座を開講してきました。住民の方のツテで隣町や県外から講師を招くケースもありますが、9割は地域の方です。
また、「トークフォークダンス」といって、一年生と同数の地域住民に参加してもらい、まさにフォークダンス形式で1分ごとに話のテーマと話す相手を変えながら、さまざまな町の人と話をしていきます。これだけのために、それだけの数の町の人が集まってくれるなんて、本当にすごい話です。

◀️70名程度の生徒と同数の住民が集まってくれて開催される「トークフォークダンス」

魅力化コーディネーター中山さん:
二年次は、プロジェクト活動をしています。自分のテーマに沿ったプロジェクトを持ち一年かけて学んでいくのですが、一年生の時から明確にテーマを持っている生徒もいれば、そうでない生徒もいて、時には半年くらいかけてテーマを掘り下げて考えることもあります。でもこちらからテーマを提示したりはしません。興味を言語化できない場合もあれば、言語化できても何をすればいいかわからないこともある。やりたいことを行動に移していくために、私たちは、対話による伴走をしていきます。それによって、プロジェクトの目的のひとつである「当事者意識を高めること」ができるのだと思います。

糸賀さん:
私は総合コースなので、インターンシップにも行きました。インターンシップは、2~3日間ですが、1人ずつ、全て津和野町の会社やお店、事業所なんかに行きます。牧場とかもあったそうです。私は警察署でしたが、こんな機会でもないと、興味があっても警察署の中に入ることなんてできなかったので、とても感謝しています。おかげで実は私、今は警察官になることを目指しているんです。
2年生のプロジェクトでは、自分のテーマとして「歩行者の安全マップ」の作成をしたんですが、インターンシップでお世話になった警察署の方に相談をしたり、完成した時にも見せに行ったりして、後々まで交流をさせていただきました。

◀️糸賀さんが作成した歩行者のための安全マップ

堀尾先生:
彼女のように成果物が出来上がるケースもありますが、プロジェクト自体の成果は問わないという方針を貫いています。というのも、大切なのは成果ではなく、あくまでもそのプロセスにあるからです。そして三年次では、「つなぐ」をコンセプトとして、T-PLANによる気づきや自己変容への理解をもとに、キャリア形成について深く学ぶ機会としています。今年は、「2年次のプロジェクトによる気づきや学びを、非言語で表現する」というグループも作ってみました。非言語で表現するのは生徒からも「過酷だ」という評判でしたが、「時間とお金という制約を取り払ったら自分が何をしたいか」を考えるひとり問答のような時間も設け、自分のキャリア形成にあたって自己と向き合うことにチャレンジしてみました。
キャリア教育は、正直、教員だけでおこなうのには限界がある気がするんです。インターンシップもですし、学校外の人の力を借りないとできないことが多い。インターンシップもゼミも、最初はコーディネーターがあちこち頭を下げてお願いして…という感じでしたが、今は連絡すると「今年もやるよ!」と言っていただけたり、むしろ「こんなんできるけど、学校で教えようか?」と声をかけていただける機会も増えてきました。町の方々は、本当にありがたい存在で、別に利害関係とかじゃなくて、純粋に「生徒たちのために」と思って下さっている気がしています。

◀️2年次の最後には、プロジェクトの報告会を実施。協力した地域住民、卒業生、大学教授なども参加し、時には「ダメ出し」もされる

生徒の主体性を重んじるT-PLANの効果は
部活動や、将来の選択にすでに表れている

 もともと「地域との関りがしたい」という動機を持ち、わざわざ県外から入学してくる生徒も多い同校ではあるが、当事者意識や主体性、行動力などの育成に力を注いでいる結果なのか、部活動や進路などにもすでに特徴が出てきているようだ。

堀尾先生:部活に特色のある学校はたくさんあるのでしょうが、当校の場合は、地域と関わる特色がやっぱり多いですね。
例えば、グローカル・ラボというのは、いわば地域活動系の部活ですが、「地域の困りごとを体系的に解決する部活」でもあります。地域の方と一緒に畑の運営をしていて、そこを地域の方と高校生との交流のきっかけの場にしようとしています。

◀️白川さんが部活で作った野菜。道の駅で販売も

白川さん:
 僕はグローカル・ラボで、地域課題について、隠岐の島の隠岐島前高校にある地域国際交流部と交流会をしました。隠岐島前高校は300キロくらい離れているんですが、僕は交流会ってなったらもう、直接会うってことしか最初考えてなかったんです。でも、そうではないと学びましたね。距離もあって、一足飛びにはできなくて。事前にオンラインで顔合わせをするとか、お互いの地域のことを共有しておくとか、そういう小さいことを積み重ねた上で、大きな行動を起こすという「段階」があるんだと知りました。でもやっぱり、会うっていうのが目標だったので、なんとかこぎつけてうれしかったです。そして段階を踏んだおかげで、有意義な交流会ができました。地域は違っても共通の課題を見つけることができたり、お互いの地域の課題を客観的に見合うことによって、新しい発見もありました。企画してよかったと思いますし、今後、後輩たちがなにか課題解決につなげてくれたりしたらうれしいですね。

堀尾先生:
 地域と関わると言う点では、合唱部は、公民館で「ふれあい歌声喫茶」というのを企画してますね。昭和歌謡の合唱を披露した後に、お年寄りのみなさんとお茶しておしゃべりするんです。8名の合唱部の生徒に40名近い地域の方がご参加くださるんですよ。陸上部は町のマラソン大会の運営をしていますし、野球部はオフシーズンに、小学生や未就学児を対象とした野球教室もやっていたこともありました。T-PLANが根付いたことによって、学生たちと町の人々が近い存在となり、自発的に町のあちこちと繋がっているんだと思います。


「教育魅力化」が生み出した新しい未来。
 普通科が未来共創科へ進化する。

 津和野高校は、令和7年度から従来の普通科を転換し、新たに【未来共創科】の設置を発表。 この新設科では、「教科学習」「探究学習」「情報活用」「特別活動等」の4つをカリキュラムの柱として新しい普通科の先進的な学びを提供し、未来を共に創る人材を育成するという。2011年から取り組んできた「教育魅力化」が、さらに進化を遂げようとしている。
松田哉校長は、「多様な関係者と協働して、未来の新しい価値を作り出していくというのが、『未来共創』です。当校は津和野町行政と協力し、津和野町の人たちに協力してもらい、探究学習を行ってきました。未来共創科ではデータサイエンスやデジタル技能を高める学校設定科目も取り入れていきますが、学校が指導計画を作るのではなく、津和野町に誘致されているIT企業に協力をあおぎ、一緒に指導計画を作っていこうとしています」と語る。
そして、今後の同校のキーワードとなるのが『多様性活用力』だという。
「これまで多様性についての教育は、『それぞれが違うということを尊重しましょう』でしたが、そこをさらに発展させて、その多様であることをうまく使って、新しい価値やものを生み出せないかと。それを『多様性活用力』と言っています。そんな資質や能力を生徒たちに身につけさせたいし、学校自体もそういう学校でありたい。主体性と協働性を持って、誰かのために何かしたいっていう人を育てていきたいですね」
町とつながり教育魅力化に取り組んだ結果、多様なバックボーンを持つ生徒たちを惹きつけ、その多様性がさらに新しい未来を創る。「町を育て、人を育てる」津和野町の進化がますます楽しみだ。

堀尾 真吾

堀尾 真吾Shingo Horio

津和野高等学校 進路指導主事

島根県出雲市出身。県西部の進学校や県内最大規模の工業高校で英語科教諭として勤務し、進路指導部に在籍。高校生の進路やキャリアの在り方について学ぶ。前任は津和野高校と同じ鹿足郡内の小規模校。同校で進路指導主事を務めたのち、2019年に津和野高校に赴任。

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