2024.08.21

学校教員の働き方改革、部活動の世界をどう変えた?

学校教員の働き方改革、部活動の世界をどう変えた?
これまで学校の部活動は、教員による長時間労働に支えられてきました。
しかし働き方改革を目指す文部科学省の計画では、2023年には外部に移行できるか、調査を行う予定です。
そこで今回、部活動指導を外部委託する背景や既に運営を始めている事例について取り上げ、ご紹介します。

過労死ラインを超え、働く教員も多数。働き方改革の背景とは

 近年、国を挙げて教員の業務改革および働き方改革が進められている。しかし、依然として時間外労働が過労死ラインを超えている教員は少なくなく、その過酷な労働状況は社会問題の一つだ。2017年に公表された「学校における働き方改革に関する緊急対策」の中では、教員の負担を軽減すべく、部活動の指導を外部に委託することが勧められている。 2020年にはスポーツ庁から「運動部活動の地域移行に関する検討会議提言」が公表され、公立中学校の運動部を対象に、2023年より休日の部活動を外部移行できるか、地域ごとに調査を実施する予定だ。

 そもそも、教員の主な業務は授業であり、部活動はあくまで学校教育の一環である。生徒からすると、クラスや学年に関係なく、さまざまな生徒と行動を共にすることで、コミュニケーション能力やリーダーシップを育む貴重な場としても機能している。目標に向かって努力することで、自己肯定感の向上にもつながるだろう。部活動をすることが、学校に通うモチベーションになっているケースも珍しくない。
 しかし、部活動が教員の労働時間を超過させる原因の一つであることも事実だ。本来は休日であるはずの土日や祝日に対外試合を行うケースも多い。また、専門知識のない分野の指導を行うためには、指導のための学習時間を要する。指導経験のない教員にとっては大きな負担であり、精神的なストレスを伴うこともある。そのような状態で部活動をしていても、生徒と教員の双方にとって最良の環境とはいいにくい。
 ちなみに、2021年度 公益法人日本スポーツ協会が、学校運動部活動指導者の実態に関する調査として教員にアンケートをとったところ、中学校で45.6%、高校では36.1%が「部活動の指導を地域人材に任せたい」と回答している(下の図参照)。併せて、中学校で約2割、高校では約6割もの教員が、週1日以下の休みしかないということもわかった。

 部活動で生徒と交流することが、仕事のやりがいにつながるケースもある。しかし、教員の「生徒のためになることがしたい」という善意、私生活を削ることによって、部活動が成り立っているという事実は、決して看過することのできない問題だ。部活動による体力的、精神的な負担が原因で、授業の質が落ちる可能性も否定できない。生徒たちに一定の品質の教育を届けるためには、教員が授業に注力できる環境を整えなくてはいけない。そのためには、部活動を改革し、教員の労働環境を是正する必要がある。
 文部科学省は具体的な方針として「教員が休日に部活動の指導をしないこと」「生徒の希望を叶えるため、休日に部活動を実施できる環境を整えること」を掲げている。移行達成のめどは今後、政府が示すだろうが、現在は各地域で部活動移行に関する検討が進んでいる段階だ。
 なお、私立や高校については部活動を特色としているケースもあるため、各学校で体制を検討するように勧められている。東京都杉並区立小中一貫校の高円寺学園や名古屋の市立小学校262校など、すでに部活動を外部へ移行しているケースもあり、以下からは、私立の聖学院中学校・高等学校の取り組みを好事例の一つとしてご紹介する。


<部活動の改革事例聖学院中学校・高等学校

目指すのは〞継続可能な部活動”。指導の質を向上し、教員の労働環境を是正するため、部活動の改革を開始

<インタビューに答えてくれたいのは・・・>

日野田昌士 Masato Hinoda
聖学院中学校・高等学校
総務統括部長(教頭)
「教育が変わることによって社会が変わる」をモットーに、聖学院中学校高等学校にて部活動の改革をけん引している。

佐久目龍一 Ryuichi Sakume
リーフラス株式会社
指導員
サッカー指導者C級ライセンス、中学高校教諭免許、普通救命講習を修了。聖学院にてサッカー部の指導に加え、指導員全体を統括している。

 東京都北区にある聖学院中学校・高等学校では、同校の教頭である日野田昌士氏が旗振り役を務め、2020年より部活動の指導の外部委託を開始。「部活動は基準をつくりにくく、教員によって指導の質に差があります。それは本当に生徒のためになっているといえるのか。プロに指導してもらう方が、生徒にとっても良いのではないかと考えました」(日野田氏)

生徒の成長を第一に考え、部活動の改革を決意

 部活動の指導を外部に委託すると決めたのには、他にも理由がある。部活動中に事故が発生した際に、公立では教育委員会が責任を負うのに対し、私立では教員個人に損害賠償
の責任が生じる可能性があるのだ。それは、指導のプロではない教員にとって、あまりにも負担が大きい。それに加えて、私立ではサービス残業が横行しているケースもある。

 かつて中学サッカー部の顧問だった日野田氏自身、「教員の熱意だけで部活動を行うのは難しい」と語る。同氏がサッカー部の指導をしていた頃、私生活では2人目の子どもが生まれたばかり。寝る暇を惜しんで仕事と子育てに勤しんでいたものの、ある日、妻から「家にいないのがつらい」と涙ながらに訴えられた。それ以降、日野田氏は部活動への関わり方を考え直すようになったという。

 改革を進める上で、生徒の満足度を下げないこと、次世代の教員に同じような経験をさせないことを重視した。ちなみに、聖学院では“探究型教育”を推進しており、部活以外でも授業や課題活動での教育に力を入れている。「みつばちプロジェクト」と題してハチミツやジャムを作るなど、自主プロジェクトが盛んに行われている。「授業」「体験学習(修学旅行など)」「自主プロジェクト(部活動を含む)」という3つの柱に対して教員が注力できる体制を考えるべきではと思案を巡らしたどり着いたのは、週1ペースで部活動の指導を外部に委託する方法だった。卒業生や生徒の保護者、有志のボランティアといった複数の指導員を迎え、2012年から5年間、部活動の運営を行ったが、残念ながら失敗に終わった。理由は指導方法が一貫せず、指導の質が下がってしまい、かつ支払いのオペレーションも複雑になったからだ。部活動を変えるためには、より大きな改革が必要だと考えるようになった。

指導員を迎えたことで生徒の満足度は向上した

 失敗の後、日野田氏は指導員を派遣してくれる事業者を探し、部活動支援事業をしているリーフラス株式会社を含め、3社と業務委託契約を結んだ。まず手始めに高校のサッカー部と中高の卓球部で取り組みを開始するも「指導員の確保が困難」という壁にぶつかった。
 リーフラスで指導員兼現場マネージャーを務める佐久目龍一氏は「平日の夕方に時間が確保できて、かつ指導ができる方は少ない」と語る。また優秀な人材を確保するためには、適正な対価も必要だ。
 そこで日野田氏は、初年度は学校が負担し、2年目以降は保護者から月5千円を徴収する仕組みを考えた。実現するまでに保護者会を何度も開き、納得してもらえるまで頭を下げたという。「東京の都心にある私立だからこそできた仕組みではあります。しかし指導員の需要が増えれば、一人当たりの負担額を下げられるはず。部活動の外部委託を広げていきたいです」(日野田氏)
 実際に取り組みが始まってからは、多くのメリットがあったという。指導員はプロであるため、最新の戦術やスキルを提供してくれる。問題があった場合は、指導員を交代することも可能だ。これまで求められていた安全配慮義務を負わなくなることで、教員の精神的負荷も軽減された。ブラックボックス化していた顧問業務を可視化するきっかけになり、労働環境の是正にもつながった。また“選手と監督”の関係性が、学習の場に影響しなくなったのもメリットの一つだ。生徒からは「チームの雰囲気が明るくなった」「日々の練習がとても楽しみだ」といった声が上がっている。
 学校教育の場において、聖学園は良いモデルケースとなるだろう。今後の新たな展開に期待したい。


生徒から見た、部活動の地域移行

津田浩望さん  Hiromu Tsuda
聖学院高等学校2年
サッカー部キャプテン
経験者であるプロの方の指導により、裏打ちされた効果的なトレーニングができるようになったと実感しています。実践的な豆知識を教えてもらえるのも大きなメリットですね。チームの雰囲気も明るくなり、部活動がより楽しくなりました。

紫関勇輝さん Yuuki Shiseki
聖学院中学校2年
野球部
練習方法が大きく変わり、みんなが声を出せるようになったことで、以前よりもチームプレイができていて、選手としても強くなれました。コーチの声かけで部室の清掃にも注力するようになり、部員のモチベーションアップにつながっています。

編集/松葉紀子(spiralworks) ライター/西村友香理  撮影/掛川雅也
本文はCareerMapLabo Vol.2(2023.1月発行)内の掲載記事です。記載されている内容は掲載当時のものです。

日野田 昌士

日野田 昌士Masato Hinoda

聖学院中学校・高等学校
総務統括部長(教頭)

「教育が変わることによって社会が変わる」をモットーに、聖学院中学校高等学校にて部活動の改革をけん引している。

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